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不透明なチカラですが、なにか?

テーマはいろいろ。というか絞れません。2013年7月以前は他のブログサービスからインポートしたので、リンクや画像等がなくなってるかもしれません。

本とか書店のこれからを心配してるわけじゃないけど

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別ブログにしていた[読み終えた本]で、『アクセス数、ゼロの日がやってきた』というのを書いた。

[読み終えた本]不透明なチカラですが、なにか?

 

そしたら、なぜだかアクセス数が増えた(笑) 更新をヤメたのに増えているのは、ほとんどがYahoo!Googleからの検索なので、アーカーブとしてSEO的な効果があったんだろう。

でもなぁ、本って、古いものにどれほどの価値があるかなぁと個人的に思ってる。もちろん文学や学術的なものならあると思うけど、それ以外は…

あ、他にもあるか。普遍的な内容やその人が思い出や思い入れのある著者や出版社のものなら。

 

 

古い本に、どれほどの価値があるだろう

私は一年に二度ほど、BOOKOFFに売り飛ばしに行く。いらないと思う本もだけど、前回売りに行ったときには「残しておきたい」からと置いておいた本だって、二年、三年と置いていることは、かなりマレだ。

資料として必要だとか、すごく好きだから売れないと思っていても、二年経っても見向きもしなかった。なんて本はけっこうある。自分の気持ち、主観なんてそんなものなのかもしれない。

コミックも含めて、BOOKOFFの買い取り価格はどんどん下がってる。下がってる理由は、多過ぎか売れないか、いずれにせよダブついてるってこと。換金できる価値だと、ほぼない。

 

気に入った本を交換したりする集まりもあるし、寄付する仕組みもいるけれど、お金が介在しないんだから、積極的なというか、どれほど強く求められているんだろうか。

 

電子書籍や図書館という存在

先日、エディトリアルデザイナー(書籍や雑誌をデザインする人ね)と話してたら、電車ではKindleで本読んでるというから、けっこう驚いた。だって電子書籍、特にKindleではデザイナーの仕事ないじゃん。雑誌がどんどん廃刊してるというのに、電子書籍が普及したら仕事がどんどんなくなる。

ということもあるし、エディトリアルのデザイナーをやっているぐらいだから、紙の質感やデザインなど、本や雑誌という物質としてのあり方自体が好きなはずだ。そう思って聞いてみると、いやKindleの方が安いしね、という。

あ〜、そこか。本をいっぱい読む人は、本代が大変だ。私も社会人になってから、ずーっと毎月2万以上は使ってる。でもこのところは、本代しんどいなぁと思う。所得自体の問題もあるけど、それ以上に本の値段が上がってる。消費税だってあるし、たぶん部数が出ないから、じりじりと値段を上げているんだろう。

おまけに中身が薄い。新書などの文字数とかページ数じゃなくて、内容が水増しされている感じのものが多い。もちろん。わかりやすく、理解しやすくなってるものも増えてるけど、決定的に情報量が少なくなっている。

だったらネットで公開すればいいじゃんと思うけど、それだとお金にならないから、書籍にするんだろう。買う側の実感としては、2万以上使ったところで、満足度はかつてよりどんどん下がってる。ネットに負けてんじゃんと。

だから私としては、そんなに金使って本読んでるのはバカ? なんてことも思いはじめてる

それから電子書籍にしてしまえば、場所も取らない。重い本をバッグに入れて通勤するのも大変だし、あとバックライトなら暗いところでもクッキリ見えるしなぁ。それでも、なんだけど。

 

電子書籍はそれほど普及していないけど、物質として所有しなくていいということでは、図書館だってある。図書館の利用は伸びているんだろうか。

私は時間をかけて図書館で借りるつもりもないし、著者や作った人たちに正統な対価を払うこと。なにより自分自身がお金を払って「失敗した〜」というリスクがあってこそ、身に付くことだって少なくない。

ただ、これだけ景気の悪さが続くと、無料で借りられるという仕組みは、どんどん増えていくだろう。こればっかりは、しょうがない。

マンガが無料で読める仕組みや、あるいは違法なデータの流通よりは、はるかにマシだし。

 

それでも、いまのところ本ほど安いものはない

中身よりもまず、手触りとか装幀とか物質としての本が好きだ。それにタイポグラフィ(フォントや文字組など)だって、大好きだ。だからバカかもと思いながら、まだしばらくは買い続けるだろう。

中身は、どうだろう。

ハズレだという場合も少なくないけど、ネットの記事に比べれば、はるかにハズレは少ない。何かを探そうとしたら、ネットで当たりに出会うことはマレだ。当たりでも、必要なところは、ほんの僅かだったりする。ソースがあって、それに飛んで見ていたりすると、必要なところはほんのわずかなのに、余計なところを読んでしまう。あるいは関係のない見出しが気になって、そこに飛んでしまったり。

寄り道は寄り道で面白いし、それも大切だけど、深く掘り下げるのにはマイナスだ。深く思索することは難しいし、ネットは脊髄反射的な使い方になりがちだ。

余計なことで時間を使ってしまうのは、それだってコスト。2000円の本が、かつての1200円分の内容しかなくたって、寄り道や余計な時間を使ってしまうことと比較すれば、はるかに安い。暇つぶしだったら、ネットの方がはるかに向いてるけど。と私は思う。

 

と、ネットでこんなブログを書いてるのは、なんのためだろう。読む人の暇つぶしにしかならないじゃないか! いや、暇つぶしになってるなら、まだマシだわ(笑)

 

今日のBGM-358【 GESAFFELSTEIN - PURSUIT 】