不透明なチカラですが、なにか?

テーマはいろいろ。というか絞れません。2013年7月以前は他のブログサービスからインポートしたので、リンクや画像等がなくなってるかもしれません。

[日本会議の研究]似たような宗教的心情の人たちが集団で政治に関与すると、どうなんだよってことだわ

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安倍政権を支える「日本会議」の真の姿とは? 中核にはどのような思想があるのか?


膨大な資料と関係者への取材により明らかになる「日本の保守圧力団体」の真の姿。 


明治憲法の復活」や「日本の古い家族制度の維持」


社会全体として右傾化したとは言い難いにもかかわらず、政権担当者周辺と路上の跳ねっ返りどもだけが、急速に右傾化している……。これはなんとも不思議だ。 

 

とか、そんなことが書いてあるんだけど。

 

いやまあ、そんなことより。右傾化はトランプやイギリスのEU離脱を見ても、世界的な傾向だわ。問題は、日本だけが特殊な右傾化なのか。

 

日本会議の研究」は、とても面白い。とても面白いけれども、それはいままでどこも書かなかった、掘り下げなかったことを個人で取材しまくって出てきた事実。事実なら、あんぐり口が開いちゃう。でも、どこか違う。

少なくとも日本では右がヘンなだけじゃなく、左だってかなりヘン。レフト側にだって圧力団体はあるし、ましてや既得権益を持った人たちが多くリベラルの論客になっている気が、私にはする。ライトもレフトも問題の大きさからすれば、似たようなものだ。

 

Amazon - 日本会議の研究/菅野 完 

 

 

日本会議が問題なのは、安倍政権を支えているというところ。

どんな勢力だって、たいがい何かしらの団体に支えられている。だけど政権与党のバックは、他の勢力よりはるかに厳しくチェックされて当然だ。
でも大手のマスメディアは、日本会議について何も書いてこなかった。むしろ与党に対しての方がゆるい。舛添さんみたいに、世論の大勢が批判的だとなると、これでもかと叩くけれども。

 


私の母は、成長の家の信者だ

私の母は、筋金入りの成長の家の信者だ。私を身ごもったときに体調を崩したという。近所の人が成長の家の集会に連れて行って、良くしてもらった。そこでもらったという、祝詞らしきものが書かれた安産祈願の腹帯を見せられたときには絶句した。

ちょっと、そのアイテムはなぁ。反則だよなぁ。信者であることに、なんの文句も言えないわ。


とりあえずそんなことで、私が産まれる前からの信者だから、まちがいなく筋金入りだ。

私の10代のころの部屋は一面が本棚になっていて、家のほぼすべての本があった。美術全集とかもあったけど、成長の家の本もずらっとあった。中学生のとき、暇にあかせて、成長の家の本もほぼ読破した。
私の感想は、こんなのパクリじゃないの。母に「社会学や心理学の本を何冊か読めば、書ける内容ばかりじゃん」みたいなことを言うと、もちろんベースにしているものはある。そこから何を導きだすかということだ、みたいな反論があった。なるほどね。
でもじゃあ、どうして宗教じゃなきゃいけないの。哲学とか、思想でいいんじゃない。信仰するってことは、教祖を絶対的な存在だと崇めることよね? みたいなことを聞いた。
答えはあったけれども、はっきり覚えてない…

 

信仰したい気持ちは理解できるけど、私にはまったく関係のないことだ。そう思ってた。

 

時間は一足飛びに飛ぶけれども、早くから家を出てた私は早くに結婚して、早くに子どももできた。子どもが中学生になったとき、お菓子とか子どもあての宅配便の中に成長の家の機関誌が。たしか子ども向けのやつだったと思う。なんだそりゃ。
うちの奥さんによると、今まで何度もある。私にだって、成長の家の話をされると聞いて、ぶっとんだ。なんだそりゃ、どころじゃないわ。子どもは、そんな機関誌まったく相手にしてない。キリスト教の学校に行ってるけど、聖書も信じてない(笑)

 

奥さんはある神社の家系だけど、神道自体もまったく信じてない。っていうか、神道的な心情は持ってるけど、体系とか団体とかにはまったく興味をもってない。近所の創価学会が忘れたころにやってくると、「うちはクリスチャンですから」というと、あっさり撃退できるそうだ(笑)

 

私もまったくそうで、神道仏教の教えには共感するところが多いけど、団体にはなんの興味もない。私もキリスト教の学校では宗教の時間があったけど、聖書を読んで校長に聞きたいことをノートに書いて提出しても、まともな返答があったことはない。神社の神職の人とも継続的に関わりがあるけれども、人格的に優れているとか、そんなことを感じたこともない。

 

母親にも、中学生のときと同じことを言った。哲学や思想としてならまだ聞くけど、信者になるわけがない。勧誘するのはヤメろと。

 

成長の家は、右翼的な宗教か?

日本会議の研究」の中には、日本会議のトップは成長の家の元信者だと書いてある。そして現在の成長の家は、脱原発エコロジーの環境派だとある。そうよな、私がかつて読んだ本でも、右翼的なところはまったくなかった。

以前、原宿駅そばにあった成長の家の施設は、いま公園として解放されてるみたい。一等地なのに。


日本会議の事務総長は昔、左翼系の学生運動に対抗してできた日本青年協議会の事務総長もやっていたそうだ。「日本を守る会」とか「元号法制化実現国民会議」などでも事務局長をやっていたという(このへん、本を読み返しながら書いてるわけではないので、正確には本を読んでみてください)。たぶんここらへんで、神社本庁とか仏教系も関わってきたんだと思うけど、要するに現在の日本国憲法はけしからん。だいたい元号すら定められてないじゃないか。明治憲法に戻せ!ということなんだろう。

 

ちなみに天皇陛下が「生前退位の意向」を示されたのに対して、政府筋から「憲法上、生前退位は無理だ」という非公式っぽいメッセージが出たのは、こういう背景かもね。
明治憲法に戻したいのに、天皇陛下が人間っぽいことされると困る、のかな。天皇大日本帝国憲法では統治、君臨する日本を作った神の子孫。だけど政務は大臣がやるということだから、ただ担がれる存在?

 

そうそう、成長の家だわ。かつては教団として尊王愛国路線だったんだろうか。
現在の日本会議にいる元信者は、そのころ路線は同じだったんだろうか。

 

 

大本教は、どうして国家権力から弾圧された?

日本会議の研究」ではふれられていないけど、成長の家は大本教から分派・独立した新興宗教だ。確か世界救世教とか真光もそう。いっぱいある。
どうして大本教から独立したかというと、大正10年と昭和10年の二度、国から激しく弾圧され、壊滅的になったから。史上最大の霊能力者とも言われていたという出口王仁三郎が逮捕され、神殿や建物も全破壊されたという。逮捕者は特高警察に拷問され、何十人も死亡したり、狂ったりしたらしい。

 

なぜそこまで弾圧されたかというと、国家神道にとってマズイことがあるから。つまり天皇が日本を作った神の子孫だという神話の世界のストーリーと、大本教の世界観が相容れず、現人神である天皇への不敬罪だ。許すべからざる邪教だということだろう。挙国一致で戦争するためには、排除すべきと。


国家神道って、天皇が神ですと国が強制したもの。自民党の言う保守は「鎮守の森を守る」ということ。だけど、鎮守の森は戦争のために国が潰して行ったのよね。
一方、大本教はたぶん古神道がベースだから、アニミズムに近いはず。
ちなみに大本教第二次世界大戦に協力していない、数少ない宗教団体なんだそうだ。

 

いずれにせよ、国家神道のファンタジーと相容れるわけがない。

よく西洋は一神教、日本は多神教というけれども、実際問題として明治以降の国家神道一神教だよね。


大本教から分派・独立した人たちは、国からの徹底的な弾圧を目の当たりにしているんだから、自分たちが弾圧されるようなことをするわけがない。つまり大本教はガチ宗教だったけれども、独立した新興宗教はカモフラージュしてないわけがない。隠れキリシタン、みたいなね。
ところが、国家神道的なカモフラージュをそのまま信じちゃった人たちは、今の路線変更はけしからんと先鋭化していった… 

というのが私の推測なんですけど。

 

 

日本会議は、勝共連合なのか

日本会議には、神道系、仏教系さまざまな宗教団体が参加しているという。成長の家は、とっくに一切の政治活動をしていないということで参加していないそうだ。でも参加している宗教団体は、尊皇愛国なのか。
愛国なら税金払うはずだ、払えよと思うけど、じゃあ明治憲法を復活させろというんだから、尊皇?
うーん、どうもそれも疑わしいなぁ。

ひとつだけ説明つきそうなのは、唯心論か唯物論かみたいなカビの生えた対立なのかな。唯物論が幅を利かせてる国って、どこかある? 思い浮かぶのは中国と北朝鮮ぐらいだけど、ひとりひとりの民衆レベルだとそんなことないと思うけどな。

 

 

日本はそもそもテキトーな信仰心の国民性

うちの母は、お墓参りにも行くし、仏壇に向かってお経もあげてる。息子や孫もキリスト教の学校に行ってるし、教条的な信仰心なんてないのよ。節操がないといえば節操ないけど、誰だってそう。


誰だって、あっちこっちで神を拝んでるし、クリスマスとかお盆とか、宗教心がなくたってやってるじゃない。教会や神社で結婚式あげたりしてるじゃない。
明治になって国家神道ができるまでは、神仏習合が当たり前だった。対立するのが苦手だとも言えるけど、キリスト教イスラム教の世界から見れば、グロテスクなほどなんでもありのテキトーな国民性。
どうして厄払いは、神社でもお寺でもやってる? 厄自体が、日本に神道が確立する以前、つまり古代からある概念なんじゃないの。平安時代、盛んに行われたという加持祈祷は、仏教、中でも真言密教でしょう。

 

日本会議だって、あいまいな信仰心だから異なる信者が一緒に活動できる? 

 

でも信者の怖いところは、自分たちがいいことをしている正しいことをしていると信じ込んでいるところ。多くの新興宗教・新宗教が信者獲得に熱心なのは、功徳だとかいろいろ理屈をつけても、要するに世界が信者ばかりになれば素晴しい世界になると信じ込んでるから。

 

マルチ商法で「商品がいいから売れているんです」というところがある。いやいや、商品はいいかもしれないけど、参加する目的はそれで儲かるから。拡大して儲かるのは、仕組みがキケンだから。キケンなのは商品じゃなくて、仕組みだからね。本質は、商品じゃない。

勧誘方法が一線を越えてる宗教が、政治にかかわるとやっぱりキケン。宇宙に行く人たちは、かなりの確率で神を見てしまうそうだ。神々しいとか敬虔な気持ちになるとか、誰にでもある心情を信仰として絡めとって、全面肯定してしまう人を増やすのは、多数決で決まる政治にはかなりキケンですって。

 

日本の、あいまいな「自然のもの全てには神が宿る」という八百万の神ぐらいの宗教心こそ、素晴しいのに。

 

 

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