不透明なチカラですが、なにか?

テーマはいろいろ。というか絞れません。2013年7月以前は他のブログサービスからインポートしたので、リンクや画像等がなくなってるかもしれません。

「勝ち組サイコパス」には近づくな。逃げろ!ってことよね

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1、2ヵ月前、かな。中野信子さんが「トランプはサイコパス」とかいう記事を、何かの雑誌に書いたというツイートがあった。

中野信子さんは面白いけど、異常心理みたいなことには興味ないしな。とすっかり忘れてた。先日、本屋に行ったら、この「サイコパス」というタイトルの新書があった。パラパラと立ち読みすると、これが面白い!

  

 Amazon - サイコパス/中野信子

 

できる限りネタバレしないように書くと、本書で最も興味をそそられたのは、「勝ち組サイコパス」と「負け組サイコパス」の存在を分けているところ。

サイコパスは、異常者として扱われる冷酷で残忍な殺人犯ばかりではなく、大企業のCEOや弁護士、外科医といった大胆な決断をしなければ職種の人々にも多いというところ。

 

アメリカには人口の4%ぐらいは存在するという心理学者がいたり、中野さんは日本でも1%ぐらいはいる。サイコパスとは何なのかを正しく知り、身を守るためには注意深く対処する方法を身につけておく必要があるという。

中野さんによれば、サイコパスには社交的で信者が大勢いる魅力的な人も少なくないそう。

 

私は本書を読んで、タイトルに書いた通りで「勝ち組サイコパスに気をつけろ」と思った。かつては異常な犯罪を起こした犯罪者を調べていたから、サイコパスは異常な存在だというイメージだったけど、さらにいろいろと研究が進んで、社会で成功した、いわば「勝ち組サイコパス」のいることがわかったと。

 

いやいや中野さんが書いている以上に、現代社会、とくにデジタル社会の中での目立っている成功者たちは、サイコパスサイコパス傾向の強い人たちじゃん。と思った。

そして創造的なサイコパスならまだ社会に有益だけど、パクリや騙しばかりで成功している人たちは、働く人や取引先、そして社会に不利益しか与えない。株式市場を通してとか、そういうのは別だけど。

 

 

勝ち組サイコパスの象徴は、スティーブ・ジョブスだと思う

 

読めば読むほど、勝ち組サイコパスの象徴的な存在は、トランプじゃなくて、スティーブ・ジョブスじゃないのと思っていたら、やっぱり出てきた。

トランプがヤバい人だなんて、きっと支持者だって感じているでしょう。そのヤバイところが支持する理由でしょう?

だけどジョブスを好きな人たちは、ジョブスがヤバイと思っているだろうか? 私は長年スティーブ・ジョブスの作る“プロダクトのファン”だった。はじめて買ったパソコンもマックだし、ウィンドウズはもちろん、アンドロイドだって使う気になれない。

おまけにジョブズが追放されてた時代のマックは、なんか違うんじゃないのと思ってしまうほどだ。

 

それでもスティーブ・ジョブスを人格的に好きじゃない。古くからのAppleファンだからこそ、入ってくるジョブスの情報はロクなもんじゃない。もちろん関わることはないけど、仕事する相手としては絶対に避けなきゃと思ってた。

一度だけジョブズが生きているときにAppleがらみの仕事をしたけど、アップルジャパンに何の権限もないことが、よくわかった。なんでもかんでもアメリカのApple本社にお伺いを立てないと進まなかった。

イメージの徹底した管理ということならディズニーがそうだけど、Appleは仕組みがヤバい。きっとジョブズの作った仕組みは、他人をまったく信用しないんだろうなと思った。

だからこそ、マックやiTunesiPhoneというとてつもないイノベーションを生み出せたんだろうけど。だけど他人の時間を奪うことには、なんの配慮もない。

 

Gigazineにこんな記事があったけど、その通りなんだろうと思う。


癇癪持ちで、人を激しく罵倒する。

ジョブズの罵倒は最終的に従業員のバーンアウト(燃え尽き症候群)を引き起こしました。Appleで週90時間労働を10カ月続けた従業員の1人は、ある日ジョブズが「君たちは自分たちの行いに『感動していない』」と言いながらオフィスに入ってきた時に、仕事を辞めてしまったそうです。

そして

ジョブズ負の遺産が受け継がれている例としては、たびたび劣悪な労働環境が問題視されるAmazonのジェフ・ベソスCEOや、「職場に『有毒なパターン』が存在する」と投資家たちに言われ幹部が一斉に去ったUberのトラビス・カラニックCEOなどが挙げられています。

 と書かれています。

ジョブズのように人を罵倒したからって上手くいくわけじゃない。たとえばAppleの製品は、無駄がなく美しい。ジョブズに卓越した美的なセンスとビジョンがあったから、罵倒しながらでも徹底してやらせたから、できたんだろう。

だけど卓越した美的センスとビジョンもないのに、罵倒してやらせていたらどうなるだろう。

ジョブズはプログラミングもできなかったという。できないからこそ、既成概念にとらわれない発想も可能になったのかもしれない。だけど、そこだけマネして「俺は何もできないけど、既成概念にとらわれない発想ができる。グレイト!」って陶酔している経営者がいたらどうだろう。

 

私はジョブズはアーティストみたいなもんだと思ってる。美しい絵を描く。感動的なメロディを作る。ヒューマニズム溢れる写真を撮るアーティストたちは、その人格が美しかったり、ヒューマニズムに溢れているわけじゃない。作品の世界とは、正反対の性格だったりする。

同様に、ジョブズがどれだけ邪悪なサイコパスだったとしても、作り出した製品の素晴しさはそれ自体で評価されるものだと思う。

 

問題はジョブズのような天才は、ジョブズ以降にいないってことだ。ジョブズのマネをして、金を儲けることにかけてはジョブズ以上の人たちは大勢いるのかもしれないけど。

 

 

サイコパスは、共感性や良心によるブレーキが利きにくい

 

本書には、サイコパスをあぶりだすための「道徳のジレンマ実験」など、心理学的なアプローチや見解も数多く書かれている。だけどそれよりもfMRAIを使った脳科学的なアプローチが決定的だ。

fMRIを使って調べると、サイコパスは「扁桃体の活動が低い」という。扁桃体は人間の快・不快、不安や情動といった基本的な情動を決める場所。簡単にいうと、考えるより先に本能的に反応する部分だととらえていいそうだ。

さらには「共感」を持つ眼下前頭皮質や、良心によるブレーキをかける内側前頭前皮質の活動が低い。しかも扁桃体と、眼下前頭皮質と内側前頭前皮質の結びつきも弱いのだそうだ。

それによって、痛みや罪、恥の意識を学習することができず、ウソをついたり、人に責任をなすりつけたり、誰かを傷つけても平気だという。

サイコパスも良心の呵責や罪悪感を口にすることがある」けれども、それは心が痛んでいるのではなく、「悪いと感じているように見せること」が合理的な処世術だと心得ているからだという…

この本には「捕まりやすいサイコパス」と「捕まりにくいサイコパス」についての脳機能の違いが出てくるけれども、合理的な処世術だから「悪いと感じているように見せる」ことをされたら、なかなかサイコパスだと見破ることができなさそうだ。

 

 

ルールハックは、勝ち組サイコパスの常套手段?

 

いままでに何度か書いているけれど、「コンプライアンスを遵守します」というのは「法律に触れるようなことはしません」というスタンスと「法律に触れなければ、何をしてもいい」というスタンスがある。企業で圧倒的に多いのは、後者だ。

後者は、法律が想定していないことなどの抜け穴を探す。倫理的に道徳的にどうかは関係ない。中野さんはこのことをこう書いている。

 

サイコパスはルールハックを気にせずやってのける。これはとても不思議なことです。彼らにはなぜブレーキがかからないのか?

 

なぜって、本書によれば脳の構造が違うからということになるだろうけど、いまや目立っているビジネスはルールハックだ。

シリコンバレーでは、自動化してプラットフォーム化して、どこの、誰の仕事を奪うかがスタートアップのテーマだというし、日本でもルールハックは日常茶飯事だ。

 

Google検索のアルゴリズムは、こうなってる。それをハックするには、こうすればいい。しかも検索1位になるには、こういう手法ならごまかせるとやったのがDeNAだし。

NEVERまとめはアルゴリズムハックの元祖だけど、ずっとうちはプラットフォームで悪いのはパクったライターだというスタンスだったんじゃないだろうか。それがDeNAの問題が明るみになって以降、健全化に向けて、パクられた権利者にお金を払いはじめた。

 

こういう対応が、本当に悪いと思っているからなのか、それとも「悪いと感じている姿勢を見せる」ことが合理的な処世術だからやっているのか。

あなたは、どう思います?

 

 

 

今日のBGM447【 Teddybears - Sunshine 】 

 

 

高須クリニックは悪徳どころか、最も健全な美容外科らしいです

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高須クリニックのCMから

 

民進党の大西議員が、悪徳な美容外科の広告や勧誘方法の問題を取り上げ、明らかに「高須クリニック」のCMを例に「陳腐」だと発言したことで、高須克弥院長が名誉毀損で訴えを起こしたそうだ。

私はこの騒動を知ったとき、確かに高須クリニックのCMは陳腐だわ(笑) それに美容関連で悪徳なところは多そうだし、問題はいろいろ言われてる。でも高須クリニックは、健全どころか、むしろ美容業界の良心とも言える存在らしいよ。美容外科、美容皮膚科などの業界、それに精神科医からも賞賛されるほどだと聞いてるけどな。
大西議員は印象だけで、何も知らないでバカなこと言って、裁判になったら確実に負けそうだわ。と思った。
「No!」と高須クリニック 民進党議員の"陳腐なCM"発言、高須克弥院長が提訴

もちろん、私が直接知ってるわけじゃないけれども、その業界内で広く知られていることを書いてみる。
美容医療業界の問題点は、大きく二つ。そしてその二つに対して、高須クリニックは優れた対応をしているらしい。もっとも高須克弥院長じゃなく、その息子が素晴らしいということみたいだけどね。


治療を断る基準を持っている高須クリニック

美容医療で一番のお客さんは、実は精神面で問題を抱えている人たちだそうだ。まあ想像はつくけど、テレビなどにたまに整形を繰り返す人が出てくる。そういう人たちは、身体醜形障害というらしい。特別な病名をつけなくても、依存症なんだろうなという気がするけど、多くの場合、背景に精神科疾患があるらしい。

そういうクライアントの場合、全身の整形を繰り返す。歯止めになるのは、お金を持っているかどうか。
つまりお金を持っていれば、その病院のヘビーユーザーになってくれる人たちだ。
こういうヘビーユーザーを抱え込むのは、何科の病院でもある。自治体によって違うけど、医療費を払わなくていい人たちは、頻繁に病院を訪れる。医者としては治療なんて必要ないとわかっていても、健康保険から支払われるので、断ることはまずない。いいお客さんだ。

 

美容外科や美容皮膚科などの場合、美容になると保険はきかないので、他の医療分野のようなお客さんを抱え込むことはできない。そうなるとなおさら、精神科疾患を抱えている人を抱え込もうとするモチベーションが働く。

しかしヘビーユーザーになってくれて儲かったとしても、問題が起こる可能性も高い。わかりやすく言えば、マイケル・ジャクソンがクライアントになった。そりゃあ儲かるけれども、それば真っ当なのかどうか、倫理的にどうなのか。マイケル・ジャクソンが死んだのは、実質的に薬物による自殺でしょう。

それに近い問題が、日本でもあちこちで起こってる。それを防ぐためには、医療機関として、しっかりした倫理観を持っていて断る基準を持っているかどうか。すべての医療機関が身体醜形障害を持っていると判断したクライアントの美容外科手術を断れば、もしかすると精神科疾患は悪化しないかもしれない。
このあたり専門家じゃないので確かじゃないけど、依存症はその依存する種を断たないと改善しないはずだ。

こういう精神科疾患を抱えていそうなクライアントに対して、高須クリニックは断る基準を持っているという。私が聞いたところでは、高須クリニック以外の美容外科ではっきりと断るケースはまずないそうだ。

精神医療というのは、血液検査とか脳波とかの検査で、この数値が病気に域に入ってると判断するわけじゃない。質問して、何問以上当てはまるから◯◯病だと判断するだけだ。
わかりやすい例だと、うつ病というのは、製薬会社が判定するための問診のチャートを作った。それを作って以降、うつ病が急増して、薬が処方される。薬を服用すると、うつじゃなかった人も本物のうつ病になるという。

そんなだから、美容外科が問診でヤバそうだとわかっても、どれだけ断るモチベーションが働くかどうか。だってすべての医療機関は、よほど倫理的じゃない限り、病気じゃない人を問診から病気にしちゃっているんだから。

だから断る基準を持っている高須クリニックは、とても倫理的。業界内では広く知られているそうだし、医療機関全体の中でも良心的なんだろうと思う。

大西議員は美容業界怪しいじゃないかと思ったんだろうけど、それは間違いなく正解。だけど業界を健全化の方向に牽引している高須クリニックを、悪徳だと印象付けたのは悪質どころか、悪徳なところを利するだけだ。
高須院長が激怒するのも、当たり前。

 

 

手術の下手な外科医がなだれ込むという美容外科業界


手術って、何も大手術ばかりじゃない。眼科でものもらいを切って、膿を出すのも手術だ。ところが、どんどん手術をする街の眼科が減っているんじゃないかと思う。それは保険の点数と設備投資や手間のバランスが釣り合わないとか、あるいは医療事故などのリスクの問題があるのかもしれない。それよりはコンタクトの処方をやっている方が儲かるだろう。検査してるのは、多くがコンタクトレンズメーカーから派遣された人たちだ。

 

美容外科医は、手術ができなきゃ務まらない。ところが急増する美容外科医がどこから来ているかというと、外科医や外科志望者が、自分の手術の腕だと通用しないと判断してなのかどうか、実質的に手術下手が大勢美容外科医になっているという。
外科というのは広いジャンルね。腹部・消化器系を扱う一般外科、内分泌外科、脳神経外科、整形外科、口腔外科とか。美容外科というのは、たとえば事故なんかで顔や体の表面に損傷受けたのを治癒とか再建する形成外科の一分野ね。


手術というのは、もっぱら大病院がやっていているはず。大病院ならそこで手術が下手だと弾き出されてしまうはずだ。手術が下手だというのは、単純に手先が不器用ということもあるだろう。どれだけ、勉強して実習したところで、不器用な人は不器用だ。料理だって味ならレシピ通りにできても盛り付け飾り付けなんかは、センスと手先の器用さが求められる。美術教室や美大予備校でデッサンをどれだけやったとしても、下手な人は下手だ。

じゃあそんな下手な人たちがどうして美容外科ならやれるかというと、どうしてなんだろう。命に関わらないとか、保険を使わないから表沙汰にならないとか、いろいろ想像できるけど、なんともわからない。まあだけど、美容外科が急増するとともに、表沙汰になっている事故も急増しているらしい。
美容外科だと簡単な部類に入るはずの二重まぶたなんかでも、抜糸したあとの糸が残っているとか、そんなミスとさえ言えないミスも少なくないらしい。


ところが高須クリニックは、ここでもちゃんとしてるそうだ。実績のある医師しか採用しないらしい。マニュアル化して、新米医師でもやれるようにして拡大しようとする方法はやっていないそうよ。

高須院長は新しい美容形成技術をいくつも開発、指導者として世界各国から招聘されているのも事実だそうですよ。なんでも韓国で美容整形ブームが起こったのも、高須院長が指導したからとか。

 

 

CMのテキトーな印象とは違って、だんぜんちゃんとしてるのが高須クリニックだそうです。
大西議員はバカだよね。あまりオープンになってないはずだけど、こんなこと業界をちょっと調べればわかるはずなのに。

 

 

 

マイケルはきっと、身体醜形障害だけじゃない。何にでも完璧を求めたら、そりゃあ生きてられないわ。
でもそういう人だからこそ、こういうMVを作れたのよね。素晴らしい曲。

今日のBGM446【 Michael Jackson - Black or White】

Amazon - マイケル・ジャクソン/デンジャラス

 

昼間だって超満員になるときだってあるし、痴漢冤罪から逃れる方法なんてあるんだろうか

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15日の夜、帰ろうと駅に行ったら掲示板に「田園都市線青葉台駅で人身事故があり、折り返し運転をしている」との情報が流れてた。人身事故や何かのトラブルで電車が遅れると、JRや私鉄、東京メトロを問わず表示される。毎日のように、どこかで遅延や運休が起こってる。

またかよ、大変だなと思っていたら、翌朝のテレビで詳しくやっていて、かなり驚いた。

 

痴漢を疑われた男性が、ホームに飛び降り、電車にひかれたというもの。その女性の証言は、

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腰のあたりをごそごそ触られていたような感覚がしたので
振り返えると男性が立っていた。
男性が「すみません」と言って逃げようとしたので痴漢だと思い、乗り合わせていた男性と捕まえた。

---------------------------------
というもの。

 

いやぁあ、それ痴漢じゃないんじゃない。これが本当に女性の証言で、そのままなら、どうにも腑に落ちない。カバンとか肘が当たって、振り返られたから「すみません」って言っただけじゃないの。そりゃあ真相は分からないけど、本当に痴漢だったとして、腰触られたぐらいで駅員に突き出すだろうか。

この女性が被害にあったのならどうこう言われる筋合いじゃないだろうけど、疑いをかけられた相手は(実質的に)即座に自殺してしまってる。

 

明らかにワザと触ってれば別だけど、「触られていたような感覚」ぐらいでって思ってしまう。私は昨日の帰り、電車の中で腰をさわさわされてたので何だよと思って後ろ見たら、女の人がスマホいじってて、その腕が当たってた。


いろんな弁護士が、駅員室に連れて行かれたらそれは逮捕だと言ってるじゃない。どうして駅員室なら逮捕になる? 

これが駅じゃない場所でなら、警察官に「腰のあたりをごそごそ触られていたような感覚」「すみませんと言って逃げようとしたので痴漢だと思いました」と女性が言ったら、交番や警察署に連れて行かれて取り調べされても、それは逮捕じゃないでしょう。仕組みがおかしいんだけど、法律で過剰に女性を守らなきゃいけないものなんだろうか。


とっとと全車両に監視カメラを付けろよ、と思う。そもそも痴漢を撲滅しなきゃ解決しないんだから、そうしないのはどうしてだ。

 

 

時差出勤すればいい、勤務時間をシフト制にすればいいとか、その手の意見は、こういうトラブルで遅延や不通になると、昼間でもいつでも超満員になることを知らない人の戯言。

 

 

女性は自分が加害者になるとか、夢にも思っていない?

私なんて、どれぐらいだろう。10年以上前だか、電車での痴漢えん罪事件が話題になり、大阪で美人局的な事件が起こったり、中央線で音漏れを注意した老人が「この人チカン!」と言われたとか、そんなニュースが出始めてから、年齢を問わず女性からは離れようとする。

満員電車では、できるだけ荷物を網棚にあげ、つり革を掴むなりして両手を挙げてるようにしてる。今だって、観察してれば鮨詰め状態まで行かない満員電車だと、女性の周りはゆったりとしていても、おっさんたちの周囲はぎゅうぎゅうになっていることが分かるだろう。ボーっとしたおっさんもいるけどね。今回の事件で思わずツイートしたけど、なんだこいつ。女性の後ろにいて手も挙げず、ボーっとしてると思ったら、TMPD(警視庁)と書かれたストラップを下げてた。自分は痴漢の疑いなんてかけられるはずがないと思ってるなかには、こういう人もいる。冗談みたいだけど。

普通そうしないのは、学生とか若者だけだ。実態は、そんなところじゃないんだろうか。

都市部ならではの異常な光景。

それに気がついてる女性は、どれぐらいいるだろう。

 

 

前にも書いたけど、満員じゃない電車でもハイヒールの女性がいると逃げるようにしてる。多くの女性は、自分が加害者になるなんて、夢にも思ってないし、感じてもいないのかもしれない。たぶん何かしても、大して悪いとも思っていないのかもしれない。だって、男でしょう。私は、か弱い女性なんだから、みたいな。

 

腰どころか、女の人から脇を肩からかけたバッグでグリグリされたり、尻を荷物でサワサワされたりなんて何度もある。こういうとき、私が「チカン!」と叫んで、腕を掴んでホームに降ろしたらどうなるんだろう。
こっちがヘンタイ扱いされるわ(笑)

 


起訴されると99.9%が有罪。やってないと言っている否認事件に限っても、99.5%が有罪になるという異常な日本。要するに警察も検察も裁判所も、まともな仕事をしていないし、もし間違っていたと気づいても認めないんだろう。
ましてや痴漢に関する捜査なんて、まともになってないじゃないのと思える。下の事件なんて、これが本当なら警察は記録さえまともに残してないんじゃないのかと疑ってしまう。
自殺した痴漢冤罪青年による110番通報の謎 目撃者、続々現れる

森友学園問題みたいに隠蔽するためじゃなく、警察の中では痴漢犯罪なんてどうでもいいわ、評価点にならないし、ぐらいの扱いなんじゃないだろうか。
だいたい自殺した青年に暴行した大学生たちは、逮捕どころか見つかってもいないじゃない。新宿駅構内なら、けっこう以前から防犯カメラあるんじゃないの。

 

 

かといって痴漢にはどんなタイプの男だっていて、執拗らしい

社会人になりたてのころ、通勤電車で乗り換えようとホームに降りたら、閉まるドアの向こうから女性の尻をつかんでいるおっさんを見た。いや、おっさんというより、紳士然とした人だった。こんな人が痴漢するのかとあまりに意外で驚いて、帰宅して奥さんに話したらそんなの意外でもなんでもない。痴漢するのは、あらゆるタイプがいるからと言う。え!? その言い方からしたら、もし俺が痴漢してても驚かないのかと聞いてみた。すると、驚かないという返事。


私には、けっこう衝撃的な言葉だった。だってそのころは、新婚ホヤホヤ。今なら冷めた口調で言われても、まだ分かるけど(笑)
特にうちの奥さんが疑り深いとか、男性不振ということはぜんぜんない。実際に通勤電車に乗っていると、それぐらい多いと言っていた。

 

最近もこんな話を聞いた。

道場で、大学1年生の女の子に連行法のやり方を教えていたときのこと。連行法というのは手首を鎌首のようにさせて激痛を与える技なんだけど、「これやったら連行できますか?」と聞かれた。
え、連行する!? いやいや、やっちゃダメと即座に答えた。稽古ではあまりに痛いから一瞬で離すけど、連行しようと抑え続けて激痛が続いたら、誰だって必死に暴れまくる。自分の方が相手より体重があればいいけど、相手の方が大きかったら弾き飛ばされる。私だったら、飛んで膝蹴りというか体当たりして振りほどく。万が一使うことがあれば一瞬だけ激痛与えて、戦意喪失させて逃げるぐらいかもね。と答えた。
なんで連行したいの?と聞くと、こういうことだった。その子は高校生のとき電車通学。同じ女子校の電車で通う子たちは、電車内でカバンを使ったりして痴漢をかわす方法を共有してる。それでもかわしきれないしつこい奴もいて、そんなときは電車を降りる。
ところが常習犯はそんなことも知っていて、降りると遅刻してしまうギリギリの電車に乗っている子を狙うんだそうだ。

 

なるほどなぁ。卑劣なことする奴は、用意周到なんだな。そういう奴を連行したいわけか。死んでも離さないつもりで指取りすれば、出来るかもしれないけど。いやでもそれなら、証拠にならなくてもスマホで自撮りモードでそいつの顔を撮ったり、大声で「この人チカンです!」と叫ぶとかすればいいんじゃない。痴漢していることが周囲に知られたら、自分から逃げ出すと思うよ。と答えた。
なんたって日本は恥の文化なんだから。


あっ、そうか、恥の意識が強いから、えん罪でも逃げ出しちゃうわけか。
やっぱり自衛は難しそうだわ。監視カメラを全車両に複数つけるか、女性専用車両を大幅に増やして終日運転してもらうしか、痴漢をなくしたり、えん罪を防ぐ方法はなさそうよ。

 

やってないなら、こうするのがベストなんじゃないと思えるツイートがあった。

 

 

 

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今日のBGM445【 Vitalic - Use It Or Lose It ft. Mark Kerrr】

 

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松岡正剛×水カン・コムアイが、お互いの仕事場で対談した[SWITCHインタビュー]をやっと見た

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4月15日の深夜、NHK「SWITCHインタビュー 達人達」で、松岡正剛と水曜日のカンパネラのコムアイが対談した。

私は放送終了後にツイッターで知ったんだけど、なに!? 松岡正剛とコムアイだと!! そんな面白そうな番組があっただなんて。

再放送を録画してみたんだけど、いやいや面白かった。私はふたりとも好きだ。松岡正剛さんには学生時代からずっと影響されてるし、水曜日のカンパネラはメジャーデビューアルバム「SUPERMAN」をけっこう聴きまくってる。

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あ、買うならCDを。アルバムの形状からして意表をついてます。 

 

水曜日のカンパネラやこの「SUPERMAN」のことは前に書いたけど、アーティストとしてのコムアイについてほとんど触れてなかった。番組を見て、コムアイさんの目指すところが伝わってきて、さらに興味が膨らんだ。

 

 

セイゴオもコムアイも、以前からお互いに興味を持っていた

 

松岡正剛事務所が運営するサイト・セイゴオちゃんねるには、こう書いてある。

2人の初対面は2015年に行われた舞台「影向」(出演:松岡正剛田中泯宮沢りえ・石原りん)をコムアイさんが観覧したときのこと。互いに気にしあっていた時期を経て、とうとうこの対談が実現しました。

へー、そんな舞台があったんだ。濃いな。

番組では、こんな風に気にしあいぶりが語られた。

松岡正剛さんは、「陽水、桑田、中島みゆきユーミンが持っていた何かが
感じられなくなった」「 がっかりしていた何かを、この人は払拭するかな」「2年目かのときになんかピンときましたよ。YouTubeで見てました」みたいなことを言っていて。

一方、コムアイさんはデビュー前、東京駅の丸善内にあった松岡正剛が編集した売り場・松丸本舗まで、トークショーを聞きに行っていたという。

マジか。コムアイさんがいくつのときだよ。と驚いた。高校生だとしたら、ずいぶんと早熟というか、老けたJKだ。だって松岡正剛ファンなんて、おっさんばっかり。

 

私は松岡正剛ファンだけど、今までファンだという人ととしゃべると、必ずといっていいくらい、ガッカリした。「松岡正剛がこう言った」というばかりで、で、あなたはどう思ったの? どうしたの?というところがまったくない。

知の巨人を崇拝する私は、すごいっしょ。という信者ばかり。

それがコムアイさんには、まったくなさそうなところにも驚いた。松岡正剛のことを知っていて、それで臆するところがなく、対等に語っている。

 

ちなみに今回語られた「陽水、桑田、中島みゆきユーミンが持っていた何かが
感じられなくなった」というところに、私はかなり違和感を持った。深さみたいなざっくりしたことなら理解できるけど、この巨匠たちとの流れとは、ぜんぜん違うだろう。

井上陽水中島みゆきユーミンは、聴くとその風景が浮かんできてしまう曲が多いけれども、それでもかなり違う。

陽水が「夏がすぎ 夢あざみ 誰のあこがれにさまよう 青空に残された 私のこころは夏模様」と唄うと、なんかよくわからないけど、昔むかしのどこかの田舎ののどかな風景が浮かんできてしまう。

中島みゆきが「夜明け間際の吉野家では 化粧のハゲかけたシティガールと ベイビィフェイスの狼たち 肘をついて眠る」と唄いだすと、昔むかしの新宿の大ガード近くの吉野家が見えてくる。吉野家があったかどうか知りませんけど(笑)

このふたりは情景描写が心象風景になってる。

ユーミンは情景描写が主だけれども、女性ならでは心象の物語。桑田佳祐は、意味の解体だろうか。いずれにせよ、コムアイとはかなり違う。シンガーソングライターでもないし。

 

 

逢魔が時のような異界の扉を開けたいというコムアイ

 

水カンの曲名は、歴史上の偉人とか有名人が多いけど、それはコムアイさんが「ルールを作りたい」と考えたのだという。

「曲のタイトルを子供みたいに思ってもらえるというか感覚に名前をつけるとしたら、人の名前とか可愛がりやすい名前、
人格が立ち現れるものがいいなって」 それは尊敬の対象というよりマスコット的な扱いなんだそうだ。

確かに水曜日のカンパネラの歌詞は、誰もが知っている歴史上の有名人を持ってきて、そのパブリックイメージを解体している面白さがある。というところは、桑田さんに近いのかも。もっとも作詞作曲は、Kenmochi Hidefumiさんだけどね。

 

『マリーアントワネット』について、松岡正剛さんは「ラップのせいかもしれないけど速い。
フランス革命、マリーアントワネット、
お菓子を食べればいいじゃない まで行くのが数秒。
わかっててやってるのが面白い」という。

 

ラップは韻を踏むけれども、それは同じ音の繰り返しでリズムを生む。意味のつながりはあったりなかったりだけど、なくても伝わってくるイメージが面白ければいい。すると文脈がぶった切られて、意味が解体されていく。

水曜日のカンパネラの歌も、そういうことだろう。と思っていたら、松岡正剛さんが恐るべきことをおっしゃる。

「学生の頃、電車に乗ると車窓に風景が見えますよね。それを言葉にしようとすると
、有声言語との意識のスピードがずれてて追いつかない。それをエディットしようと思った」

おお、編集工学の目覚めは、こういうことだったのか。

 

「意識が持ってる次に行きたい速度を、上手く引っ張っている。
こういうアーティストがやっと出てきた
」

速度かぁ。速度なんてことはまったく考えなかった。 

 

番組の中でコムアイさんから、聴く人を自由にしたいとか、安全なところじゃなくて異界の扉を開けたいというような話があった。

歌詞を書いているのはコムアイさんじゃないけど、歌詞は意味をぶった切る手段。もしかすると意識以上のスピードで唄い、お笑いだったり舞踏だったりを引用する縦横無尽なパフォーマンスで異界に連れて行こうとしているのか。

 

井上陽水以外の誰かが「少年時代」を歌っても、なかなか昔むかしの田舎ののどかな風景が現れてはこない。中島みゆき以外の誰かが「狼になりたい」をカバーしても、昔むかしの新宿の吉野家の店内は見えてこない。

歌詞だけではなく、それが歌い手の力量。歌唱力があるとか説得力があるとかじゃなく、VRのようにリアルに思える風景を見せてしまう特別な表現力。

確かにコムアイさんには、その能力があるな。歌手というより、パフォーマーとかアーティストと言った方がいいのかも。

 

 

「アラジン」のMVなんて、コマネチやヨロチクビまで使ってるもんな(笑)

今までの歌手やアーティストの文脈とはまったくちがう大物なのかもね。もしかすると表現者としては、田中泯が一番近いかもしれない。方向性としてはPOPな田中泯なのかもね。なんて思った。

 

 Amazon - 意身伝心: コトバとカラダのお作法 田中泯×松岡正剛

 

 

転売とかせどりが、ここまで広がってるのはどうしてだろう

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昼休みに、スニーカーを買いに行った。もうスーツ着て出社する日はとても少ないので、ほぼ毎日といっていいぐらいスニーカーだ。いわゆる革靴と違って、スニーカーの種類は膨大だ。セレクトショップで特注じゃない他でも扱っているスニーカーを売っているのは、膨大な数があるから逆に選べない、という人が多いのかもしれない。


私もありすぎて、どこでどう買えばいいのか迷ったり、なかなか選べない。会社近くのある靴メーカーの直営店に貼ってあるポスター見て、これ良さそうだと思ってた。それが1週間ほど前のこと。やっと買いに行けそうなタイミングができて店に入ると、黒はもう全サイズない。他の色も小さいのか大きいのかしか残ってない。連動して在庫状況がわかるようになっていて直営店はもちろん、公式オンラインショップでもない。ただネットで探せばありますけどね、とおっしゃる。

 

騒ぎにならないスニーカーまで、転売対象になるのはどうして?


え、それって転売ってことですか? と聞くと、そうだと。定価は1万円台前半だけど、2万円ぐらいで売ってるとおっしゃる。え、このブランドで転売だと!? 
もちろん2017SSのシーズン商品だということは知ってるけど、まさか高値で転売できるとは。高く買う人がいるのがビックリだ。

結局、その店にあった他の夏向けスニーカーを買うことにして、会計しながら店員さんといろいろと転売の話をした。「売り切れたとなると、値上がりするんですよね」と店員さん。でも「オークションサイトで逆にダブついてるとなると、定価割れしたりするじゃないですか」と私。転売に詳しくないけど、それぐらいの話は知ってる。
だから「欲しいと思ってるお客さんじゃない人がいっぱい買いに来てるんでしょうね。だけどそれを見越してシーズン商品を作るわけにいかないし」みたいな話。

製造小売と言われるSPA(speciality store retailer of private label apparel)は、大概そうだ。ユニクロだって、シーズン向けのトレンド商品は売り切れても追加生産しないだろう。売り切れたら、1年先に向けて改良版を出す。そういう仕組みなんだと思う。

 

 

ほぼ、ドンと値上がりするのが確実なコラボ商品


ところでと、店員さんに聞いてみた。こないだSupremeとギャルソンのコラボTシャツとかが、騒動になってたじゃないですか。それが販売翌日には、すぐそこのユーズドショップのショーウインドウに出てましたよ。あれは転売目的の個人が売りに来てるんですか? と。
すると店員さん曰く「あれはたぶん店が××××で○○○してるんじゃないですか」と。そうか、そうかもしれないわ。Tシャツ1枚古着屋に転売したからって、大した利益になるわけじゃない。ヤフオクとかだと4万円の値がついてる。定価の3倍以上だ。

 

どうして知ってるかというと、ツイッターヤフオクに誘導するツイートが流れてきたからだ。どんなTシャツかというと、こんなの。

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Supreme にコムデギャルションSHIRTのロゴを重ねて、グシャッとしたようなデザインのプリントが入ってるだけ。それだけよ。これで4万出す? 

いや、そもそも定価でも1万円オーバーだけど、Tシャツにそれだけお金かけるなんて、どれだけリッチなんだ。どう見ても、行列作っている人たちは、それほどのリッチに思えないんだけど。

でも世の中ハイブランドが軒並みダメだというのに、Supremeもギャルソンも、少なくとも限定ものやコラボものは絶好調みたい。

ギャルソンは、そもそも数を作らない。ひとつのデザインに対して、直営店に入るのは各サイズ1点ずつとか、そんなもんだ。だからファンは、その店で売れてしまえば、あとは残ってる店から取り寄せてもらうか、ネットで探すしかない。というケースも考えられる。

だけどコラボものは、世界的に膨大に出回ってるはずだから、本来はそれほど並んだり抽選したりしなくても、買えるはずじゃないの。

じゃあ誰が買ってるんだ。転売くんか?

 

ちなみにステッカーなら、アマゾンにも出てるのよね。

Amazon - シュプリーム Box Logo Sticker 3P PACK SET ボックスロゴ ステッカー 3枚セット 

 

 

ヤバいことになったiPhone6の発売

 

私が前から、こうなんじゃないのと思ってることがある。それはiPhone6の発売がティッピングポイントで、さらにはIT系を中心に企業が「転売、せどりは認知されたし、どんどん盛んになる。おおっぴらにやっても大丈夫だ。プラットフォーム作れば儲かる」と思ったんじゃないだろうか。

 

iPhoneの新しい機種が出ると、販売開始日はお祭り騒ぎが恒例だった。世界的に騒ぎの映像が出回ってた。

ところがiPhone6の発売以降、Appleストアは並ばせなくなった。世界各地でトラブルが発生したからだ。東京でも6の発売前日から、徹夜組の風景が一変した。これって浮浪者じゃないのと思える高齢者、しかもどうも中国人らしく日本人のように静かに座っていない。

 

商店街などから猛烈な抗議を受けたAppleストアは、6s以降並ばせないことに決めたみたいだ。

なぜ中国人が大挙してやってきたかというと、中国では6の発売がまだだったのと、為替の関係で日本で買うのが最も安いということだったみたい。

simフリー版がどれほどの影響だったのか分からないけど、これが「せどり」が世界的に誰の目にも明らかになったできごと。へー、中国ではiPhoneが高く売れるんだと、世界中の人が知ってしまった。

為替差益だろうがなんだろうか、貿易の基本は安いところで買って来て、高いところに持って行くこと。それが並びさえすれば、何万円も手に入るということが分かってしまった。

 

ファッションなら、なおさらそう。並行輸入なんていうのは、要するにせどりだ。クルマの並行輸入なら売りっぱなしですまないけど、ファッションならぜんぜん簡単だ。

業としてやっている人たちだって、今はどんなに大きくても、きっかけはファンだったこと。ファンとまで行かなくても、そのジャンルの好き者だったはず。

 

 

転売に目覚めてしまったファンたち

 

業として始めなくたって行列するようなブランドなら、ファンはすぐ高く転売されてるのを知ってしまう。

今まで着ていたものを中古ショップに売るなら、どのタイミングで売れば高いかだって、情報として知ってしまう。

どうせ売るなら、高いうちに売って次のを買おうと考えるのも自然だし、行列したりオンラインの抽選で必要以上に買えることになったら有利な転売方法を探しても、当たり前だろう。というか、定価の何倍ででも買う人がいくらでもいることを知ってしまった。

 

28日の金曜日、代々木公園には?と思う人たちが午前中から集まっていた。午後には、とんでもないことになってたらしい。

このツイートを見ると、いったい何百人が集まってたのか。

 

 ツイートによると、ドレスコードでまず選別したようだけど、それでもとんでもない人数が残るように思える。

ブランド側としてはドレスコードで選別するのは当たり前の対応だと思えるけど、着てるからって転売しないとは限らない。

転売屋とファンを区切るラインは、はっきりしない。

転売屋に腹がたつと言っている人だって、転売でこずかいを稼ぎ始めるかもしれない。

 

買えて着たからといって、すぐ売ってしまう可能性だってある。若者になればなるほど、ファッションに興味があればあるほど、着潰す可能性は少ないのかもしれない。並んで買って、インスタにあげたらすぐに売りに行くなんて人だって、どんどん増えているかもしれない。

 

そして、昔アルビン・トフラーが言ったプロシューマー(生産消費者)じゃないけれども、ファンと転売屋はどんどん重なってきたんじゃないという気がする。

 

それもこれも、簡単に売れる仕組みがあるからだ。古着屋がどんどん増えたどころか、売買がカンタンなオークションサイトがいくらでも登場してくる。

 

 

社会問題化しないと対応しないと決めているオークションサイト

 

いまメルカリで、現金を額面以上の金額で売っている。それを禁止したら、チャージ済みのSuicaPASMOが出展されたとか、領収書を売っているなんてことが問題になってるけど、やばい売買が行われることなんて、オークションサイトは重々承知してる。

いままで問題がどれだけ出てもヤフオクは、「場所を提供しているだけ」というスタンスだったじゃないの。

オークションサイトでは、転売なんてこと、盗品の売買や詐欺に比べたら、問題ですらないと考えているはずだ。

 

 

定価なんてことは、どんどん意味がなくなるはず

 

企業から消費者へモノを売るBtoCから、消費者同士が売買するCtoCがどんどん盛んになる一方だ。CtoCなら、どんな値段が付いたっておかしくない。逆に言えば、オークションサイトに出して定価以上で転売できない商品は、定価だってどんどん安くなっていくはずだ。

 

クルマを所有するなんてアホだ。必要なときはシェアカーやレンタカーで十分という人が増えている。増えれば増えるほど、中古車市場でも高い値がつくステータスカー以外は、どんどん安くなるはず。

ところがクルマとか住宅とかが急激に値崩れしないのは、専門の業者が複雑に絡み合って、価格を相場としてそれなりに維持しているからだ。複雑な流通だってどんどん崩れているけれども、日本ではなかなかカンタンには崩れない。

その一方で誰も維持しようとしない消費者同士が売買するような商品は、どれだけ価格が乱高下しても不思議じゃない。

 

消費者が手軽に転売に参入しているのだから、むちゃくちゃになるのは当然だ。

カンタンに売買できるプラットフォームは増えていく一方だから、どれだけ嫌がっても、転売も増える一方なのは間違いないんじゃないのと。

 

 

今日のBGM444【 Pitbull - Bad Man ft. Robin Thicke, Joe Perry, Travis Barker】

音楽方面もコラボ花盛り。ピットブルのニューアルバムは、ゲストだらけ。この曲Bad Manは、ロビン・シックは当たり前にしても、トラヴィス・バーカー、ジョー・ペリーまで参加してる。

なんでジョー・ペリーが? とは思うけど、ゲストだらけはなんか豪華。聴いてみると、トラヴィス・バーカーとジョー・ペリーの組み合わせはすごくいい。コラボの予期せぬ化学反応か?

 

Amazon - ピットブル/Climate Change CD, Import 

 

武道必修化に武道9種目【銃剣道】が入ったのには、どんなチカラが働いているのか

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3月末、文部科学省が発表した「新学習指導要領」。その中学の保健体育に、「銃剣道」を含む武道9種目が明記されていて、Twitterでは「時代錯誤だ」の声が席巻した。
私も、どこに指導者がいるんだよとツイートしてから検索してみたら、銃剣道自体が、自衛隊でしかやっていないようだ。
上の画像は、YouTubeにあった大会の模様から切り出したもの。これを見る限り、突きに特化した剣道にしか見えない。

第23回全日本銃剣道選手権大会 準決勝&決勝 ダイジェストAll Japan 

 


今回「銃剣道」が入ったのは、ヒゲの隊長こと自衛隊出身の佐藤正久議員が国会で言い出したことが発端のようだ。文部科学省の既定の方針、つまり平成21年度「武道」が必修化されたときから武道9種目が明記されているのに、新指導要領に「銃剣道」が明記されていないのはどうしてだ、というもの。
明記されている? 明記されていない? そもそも武道9種目ってなんですか?

 

これ、一般の人にはまったく分からないかもしれない。
なんたって、武道9種目とは実質的に日本武道館が決めた団体のことで、実際は武道としてのカテゴリーでさえない。「銃剣道」だって、加盟しているということだけだ。私には、とても政治的な色合いが強いとしか思えないのです。
銃剣道」が新学習指導要領に入ったのは、どういう力学が働いているのか、どういう文脈なのかは、銃剣道だけを掘り下げても到底わかりません。
私が持っている知識や情報からどう考えているのか、あちこち敬称略で書かせていただきます。

 

目次は下記の通り。濃いわ(笑) 銃剣道のことだけ知りたい人は、スクロールして○武技としての銃剣道 からどうぞ。

◯武道9種目とは、日本武道館日本武道協議会加盟団体ということだけ
◯武道の伝統とは、なにを指しているのか
◯オリンピック競技になった全日本空手道連盟は、笹川良一が実質的な設立功労者
◯武道議員連盟とはなにか? 武道団体とつながるメリットは?
文部科学省スポーツ振興くじ、そして助成金の分配
◯道徳教育として、我が武道を!?
◯武道議連の議員たちは、今も武道をやっているのだろうか
◯武道団体の「伝統」の中心は、達人偉人のストーリーなのだけれども
◯武技としての銃剣道
◯剣道は、どうして小・中学生に突きを禁止しているのか
◯武道必修化で、学校は柔道指導者をどう調達したか
◯もしかしたら中学校に持ち込みたいのは、攻撃性だけ?

 

 

武道9種目とは、日本武道館日本武道協議会加盟団体ということだけ

 

私はいろんな武道をやってきて、合計すれば十段近い。私の叔父さんは老人だけれども、まだ現役でいろいろやっていて合計すれば二十段近い。しかも現在も学校関係者です。だから武道団体や政治との関係周辺、学校教育との関連などについて、一般の人よりはるかに詳しいのです。
そういう目から見て、まず武道9種目が新学習指導要領に明記されたこと自体が驚き。

だって武道9種目とは、日本武道協議会の加盟団体。日本武道協議会というのは、公益財団法人日本武道館が昭和52年に発足させた組織で、柔道、剣道、弓道、相撲、空手道、合気道少林寺拳法なぎなた銃剣道を指していますが、これは武道の種目ではなく、各団体をまとめただけなのです。9団体とは全日本柔道連盟全日本剣道連盟全日本弓道連盟、日本相撲連盟、全日本空手道連盟合気会少林寺拳法連盟全日本なぎなた連盟全日本銃剣道連盟です。

日本武道協議会平成26年に制定した武道の定義では、こうなっています。

武道は、武士道の伝統に由来する日本で体系化された武技の修錬による心技一如の運動文化で、心技体を一体として鍛え、人格を磨き、道徳心を高め、礼節を尊重する態度を養う、人間形成の道であり、柔道、剣道、弓道、相撲、空手道、合気道少林寺拳法なぎなた銃剣道の総称を言う。

http://www.nipponbudokan.or.jp/shinkoujigyou/teigi


この定義では9団体を武道と呼んでいますが、それ以外は武道ではないとでもいうのでしょうか。やっている人口が基準なら、全日本弓道連盟全日本なぎなた連盟、そして全日本銃剣道連盟が入るわけないと思います。日本相撲連盟だってアマチュア相撲団体だから、それほどの競技人口ではないでしょう。
武士道の伝統とは、なんでしょうか。主君のために命を投げ出すことでしょうか。武道をやっている人の中で、そんな話を聞いたことはありません。あるいは、この9団体が伝統? それ以外は伝統ではない?

 

全日本柔道連盟の本部は、講道館の中にあります。柔道には講道館以外に、組織ではありませんが高専柔道があります。総合格闘技などではこちらの方が注目されています。


合気会とは、植芝盛平 合気道開祖が作られた団体ですが、すでに三代目で世襲が続いています。他の合気道団体もあります。少林寺拳法はひとつの団体で完結する武道ですが、世襲で現在二代目です。講道館世襲でしたが、2009年に終わりました。また少林寺拳法宗教法人金剛禅総本山少林寺」です。
9団体はすべて公益財団法人と一般財団法人。前者はもちろん、後者も公益目的なら非課税です。

しかし公益目的事業が、特定の者に対する利益供与になっていないか。受益機会が一般公開されているか。公正な運営がなされているか等のチェックを毎年受ける必要があります。


9団体は、都道府県にも連盟を持っています。合気道の連盟はすべての県にあると思いますが、実態は合気会。公的な名称に聞こえますが、合気会本部が他流派の加盟を認めさせないのです。


日本武道協議会の事業として、4番目に「文部科学省スポーツ庁、武道議員連盟との懇談会の実施」とあります。文部科学省から補助金が降り、それが武道館で行う9団体の事業に使われるのです。加盟9団体は日本武道館を武道教室や大会に使用できますが、それ以外の団体は使用できません。税金が特定の団体だけで使われているのです。

公益財団法人日本武道館は、収益機会を特定団体に限定している理由を一般公開できるでしょうか。公益法人制度は、まず税制の問題だから、伝統だ文化だで押し切れません。しかもアイドルから外タレまで、〝興行〟に使わせているじゃないですか。武道に関してだけ、日本武道協議会以外の武道団体に使わせない、独占させている合理的な理由がどこにあるでしょう。
文部科学省にしても、世襲宗教法人の傘下に入らなければ、武道と認めないのであれば大問題です。

銃剣道は、日本武道協議会ばかりか、日本体育協会にも所属しています。

 

 

武道の伝統とは、なにを指しているのか


まさか文部科学省は、そこまで言及しているわけじゃないと反論するでしょう。でも新学習指導要領で中学の保健体育に、日本武道協議会の加盟9団体が武道として入るとしてしまったのだから、銃剣道をなぜ書かないと怒る佐藤議員の主張は筋が通っています。実際のところ、文部科学省は今ごろしまったと後悔しているのではないでしょうか。
さすがに銃剣道を持ち込むのは、いかがなものか。それもこれも加盟9団体と書いてしまったから。加盟9団体のうち、7団体は文部科学省で影響を及ぼせるけど、銃剣道防衛省のなわばりだ。利権にはならない。

誰がこの9団体を武道としたのかというと、日本武道館だけれども、過去の文部科学大臣がかわわってるし。この先、批判の矛先は文部科学省に向くけれども、過去の大臣は知らん顔だし、マスコミのそこまで目が向かないし。

 

 

また、この9団体に入らない空手や合気道は、空手・合気道ではないと言っているのに等しいのです。 ここに加盟しない空手や合気道の流派は、政治的な動きに疎く、このことに気づいていないのかもしれません。

柔道、剣道、弓道、相撲、少林寺拳法なぎなた銃剣道は単一の団体しかないでしょう。しかし空手は無数にあります。
沖縄では、一子相伝の武術を手(ティー)と呼んでいて、それに中国・台湾の武術から影響されたものを唐手(トーディー)と呼んでていたそうです。諸説ありますが、唐手が空手になったのは昭和初期、敵国の国名を冠にするのはマズイだろうという理由からだと言われています。沖縄でも昭和11年「空手大家座談会」において、唐手から空手に改称することが決議され、表記が統一されたといいます。

 

ところが沖縄にはそれまでにも様々な武技が存在し、大きく首里手那覇手泊手の三つの系統があり、それが現在の細分化された流派にまで続いています。後述しますが、全日本空手道連盟はその設立時に加わった団体・流派が定めた型や組手ルールであって、すべての空手を包括しているわけではありません。
明治になって、嘉納治五郎が様々な柔術から体育である柔道を作り普及させることを目指した。その流れに影響され、沖縄から日本本土へ唐手を持ち込んだ船越義珍が体育型化したと考えるのが自然でしょう。現在でも、それ以前の沖縄拳法の名称を使いながら全日本空手道連盟の選手に指導されている指導者もいます。

もちろん大山倍達の始めた直接打撃制、フルコンタクト空手は入っていません。全日本空手道連盟傘下でなければ空手ではないと言い出したら、世界中の多くの空手家から反発されるでしょう。

 

琉球拳法唐手/富名腰義珍

「唐手」の名称だが日本で初の空手本と言われている。初版大正11年の復刻版

 

 

空手ほどではありませんが、合気道にも多くの流派や団体が存在します。合気道は、植芝盛平が開祖。しかし「合気」という言葉は古くからあり、江戸時代の剣術や柔術関連の書物にも合気や相気の文字が出てきます。
合気道という名称はこれも諸説あるけれども、第二次世界大戦中に政府の外郭団体・大日本武徳会の統制下に入ったときから使われだしたというのが有力だと思います。それ以前はさまざまな名称が使われていますが、合気道までは合気武道だったようです。現代において合気武道という名称は、広い範囲の武道を指します。

 

戦後、植芝盛平合気道開祖が作った合気会はからは、高弟の独立が続きます。日本総合武道大会で塩田剛三が優勝し財界人の後押しを受け、合気道養神館を設立します。さらに合気会二代目を継ぐはずだった藤平光一がある出来事から独立し、心身統一合気道を設立。以来、藤平光一の名は黒歴史として合気会史からほぼ抹消されることとなったそうです。また嘉納治五郎から合気道に派遣された富木謙治は、合気道の競技化を目指し独立します。

合気道を、植芝盛平の作った技と定義するなら、動画を見れば一目瞭然で、年代によって変化し続けているのです。だから直弟子でも習った年代によってまったく違うと言われていますし、植芝盛平が求めた「武産合気」は、技が自然に次々と湧き出る境地。技を統一することは、真逆の方向性です。

合気道に(先制)攻撃はないとなったのは戦後のこと。植芝盛平開祖のたとえば正面打ち一教表は、二代目になって受けから打っていくものに改編されたといいます。攻撃するものではないから、攻撃方法を練習しない。でもその稽古していない攻撃を捌く/投げる技は成立するという、武技として大きな自己矛盾に陥っています。

 

戦後合気道群雄伝―世界の合気道を創った男たち

作家で武道家(合気会他)である著者が書いた本書には、少しだけ他流の合気道家も登場する。 それでも本部の許可が、なかなかおりなかったと聞く

 


剣道は江戸時代から剣術の道場で防具や袋竹刀による稽古方法が発生していますが、現在のような段位称号や試合のルールなどが確立され、剣道という名称が定着したのも、やはり大日本武徳会においてだとされています。各地の剣術ではなく、剣道が定着したのは明治期に警察官の必須になり、昭和になってから中学校の体育となってからでしょう。官公庁の剣道大会では、警察官が圧倒的に多いのです。

柔道も国内では基本的には同じです。違うのは前の東京オリンピックで正式競技になってから世界にも爆発的に広がったこと。またオリンピック競技になったことで、企業の柔道進出も盛んになり、競技人口が国内でも爆発的に増えたはずです。

 

 

これら武道の成り立ちからざっと見ていくだけで、伝統とはどこのことを指すのかがわかりません。もしかすると文部科学省は、21世紀になってからのことを「伝統」と言っているのかという気さえします。

 

剣道はいくつもある剣術の流派から出ていますが、現在の剣術の流派とはほぼ無関係。柔道は嘉納治五郎が作った柔道と、現在の国際柔道とはカラー道着からして大きく異なります。剣道は競技だから団体としてまとまり、柔道は国際的な競技だから、ルール変更によっていくらでも変質するのです。
だから武道の伝統と言い出すと、誰も分からないから黙ってしまいます。昭和になってからでも、現在に至るまで続いている伝統は、ほぼ皆無なのではないでしょうか。あるとすれば、相撲、弓道なぎなたですが、それはあまりにも現役人口が少ない気がします。


銃剣道の目指しているものは、きっと剣道。警察官の正課で学校教育に組み込まれているのですから、自衛隊発の銃剣道競技だって同じようなプロセスを辿れば普及するはずだと考えているのでしょう。

 

 

 

オリンピック競技になった全日本空手道連盟は、笹川良一が実質的な設立功労者

 

次の東京オリンピック競技になったのは、全日本空手道連盟の空手です。型競技も、組手も全空連のものです。しかし、空手には無数の流派があります。全日本空手道連盟に加盟していない空手流派や団体は数えきれません。

そもそも全空連日本船舶振興会(現・日本財団)会長・笹川良一氏の働きかけで、設立されたものだと言われています。日本船舶振興会はボートレースの収益金で、日本最大の財団だったようです。武道界にといっても10年ほど前までは、最大のパトロン。過去の助成金は、日本財団HPで公開しています。
全日本空手道連盟の設立には、剛柔流糸東流和道流、松涛館流の四大流派に練武館が加わっています。練武館防具空手ですが、その他はいわゆる伝統空手と呼ばれるものです。


ところが剛柔流糸東流和道流、松涛館流といっても、その中には無数の組織・流派があります。現在も全空連に所属していない組織や道場はいくらでもあります。

設立に向けて、故笹川良一氏から極真空手の故大山倍達氏への働きかけがあったけれども、大山倍達氏は拒絶したとされています。極真側からの情報しかないので、実際のところはどうだったのか、なんとも分かりません。ただ現在、世界で空手といえば、極真が広めたフルコンタクト空手知名度が圧倒的でしょうし、空手界/格闘技界への影響力でも圧倒しているのではないでしょうか。


ところが東京オリンピックに空手競技の採用に向けて、極真会館から働きかけ、大きな軋轢があったものの、友好団体になり、全空連ルールの稽古をしているとの話もあります。

ここが大きなポイントです。極真空手自体、極真会館から複数の団体に別れていますし、他のフルコンタクト空手の団体も無数あります。そういう現状でも大きく空手の普及という観点では、大同団結して、統一競技をした方が有利なのは間違いありません。

 


全日本空手道連盟に加盟している流派は、オリンピック競技になった全空連ルールで競っている一方、それぞれの流派の特色で稽古もしていますし、独自の段位も持っています。全空連のルールや段位とは、また別物なのです。
だから普及という面では、統一ルールを作り、大きな大会を開催する。一方で、武術・武道性の伝統という面では独自性を守るというやり方に、私は賛成です。


そのことと、武道の定義を日本武道館文部科学省が決めたり、補助金を左右するのはまったく次元の違う問題です。

 

武道を長年やっている人でも、あまりこのことを知らないでしょう。
笹川良一氏が作り上げたお金を配るための仕組みは、後述しますが文部科学省が受け継いでいるようです。日本武道館には文部科学省から4000万円以上の補助金、発行する「月刊武道」には総務省管轄の宝くじから1千数百万の助成金が出ています。 


そもそも日本武道館はどうして造られたんだろうと、調べてみたら先の東京オリンピックのためでした。

そして財団法人日本武道館の初代会長は正力松太郎。「読売中興の祖」ですが、笹川良一 - 正力松太郎とくれば、共通項は巣鴨プリズンに収監されたこと、CIAエージェントであったこと。
https://ja.wikipedia.org/wiki/笹川良一
https://ja.wikipedia.org/wiki/正力松太郎

 

いやぁあ、そんなところから始まってるのか(笑)

 

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武道議員連盟とはなにか? 武道団体とつながるメリットは?

 

大きな大会には、必ず超党派の武道議員連盟に所属する議員が来ます。武道議員連盟に所属していなくても、落選した大物議員や、その団体の理事をしているような議員たちがやってきます。


そうすると試合に出る選手や演武をする人たちは、立ったまま挨拶やスピーチを聞かされます。よくまあ関係のない話を延々としてるわ。バカじゃないのと私は思いますし、周囲でも言っていますが、他ではどうなんでしょう。それなりに大きな大会なのに、議員がやってこない団体もあります。要するに政治家とつながりがないのです。


つながりがないと、何か困るでしょうか?


公共のスポーツ施設は、たぶんどこも体育協会とつながりがあります。国体は、日本体育協会が主催しています。公益財団法人日本体育協会の初代会長は、嘉納治五郎講道館の創始者で、日本初のIOC委員です。

あとは、ずっと政治家・軍人・官僚でしたが、平成になってから3人の会長が民間から出ています。現在の第15代会長はトヨタ自動車の会長。その前の第14代会長は、森元総理です。なんとなく、イメージできるでしょう。体育に関係しているとは思えない方々が、会長になっています。

日本体育協会日本オリンピック委員会(JOC)は、ほぼ人脈的に一体と言っていいでしょうし、各スポーツ団体も所属しています。


さらに日本体育協会の下には、各都道府県の体育協会が。さらにその下には市区町村の体育協会が傘下にあります。
さらに全国組織の競技団体、さらに都道府県の、さらに市区町村の競技団体、さらに各種スポーツクラブや中高大学の運動クラブもこの下に入ります。もっと言えば、末端は自治会の体育指導員までつながります。一般的に自治会から出る体育指導員は、スポーツ歴とはまったく関係がありません。地域の運動会やスポーツイベント、県や市の大きな大会には例えばマラソン大会には沿道のガードとして駆り出される存在。

 

日本体育協会は公益財団法人ですが、そのつながりは行政そのものです。スポーツ指導者資格、ジュニアスポーツ指導員からスポーツ栄養士、スポーツドクターまで、公的な資格はここが出しています。

厳密に言えば、日本体育協会と各地の体育協会は別組織です。ここがどうつながるは、人脈を知らないと何とも言えません。日本体育協会JOCが一体と言っていいのではと書いたのは、たとえばオリンピック組織委員会の母体は、JOCと東京都。会長は森元総理、副会長はトヨタ自動車の社長やJOC会長。

末端がどうあれ、上はまったく同じ、お金集め以外では体育に関係のないところで回っています。政治的な存在です。各地の体育協会はどうなっているでしょう。


要するに公共の大きなスポーツ施設を使用したければ、日本体育協会か、その下にある各地の体育協会とつながりが必要になります。そして体育協会はほぼ行政みたいなものですから、政治家とつながりがあります。これも厳密に言えば、つながりがなくても使用できなくはない。もちろん真冬や真夏であれば可能でしょう。


真夏といえば、こんどのオリンピックは真夏です。日本体育協会では、スポーツ医科学の観点から指針を出しています。暑さ指数(湿球黒球温度)28℃以上は、厳重警戒で激しい運動は中止なのです。東京の夏は暑さ指数28℃以上。だからマラソンは早朝から始めることになったようですが、スポーツドクターは誰も賛成していないでしょう。

真夏にオリンピックを開催する理由は、経済面からの政治的判断としか考えられません。最初から小池都知事の言われるような、アスリートファーストではないのです。

 


では政治家の側には、どういうメリットがあるのでしょうか。利権は地元に、スポーツ施設や武道館を建設したり改修したりということぐらいしかなさそうです。実際に署名のとりまとめが回って来ることもあります。私は納得してなければ署名しませんし、所属する団体から強制されることもありません。
票になっているのかどうかは分かりませんが、政治家にすれば大きな票田だと考えているのでしょう。全国組織の団体なら、傘下に膨大な人数がいます。そして上の言うことに従順なら、大量の組織票が獲得出来るでしょう。

 

 

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文部科学省スポーツ振興くじ、そして助成金の分配

 

政治家のことから少し戻って、文部科学省が武道団体をどうして統括したいのかを書いておきたいと思います。


先に書いた文科省が「新学習指導要領」に入れた武道9種目。ではなく実質武道9団体。どうして文科省が武道を統括したいのでしょうか。

もちろんスポーツ立国を掲げているのだから、スポーツばかりか、武道も統一競技化をうながし、スポーツ化してオリンピック競技にしたいという方向性はあるでしょう。柔道はとっくにオリンピック競技になっていて、次の東京オリンピックでは空手を入れることが出来ました。しかし、その他の武道はまず不可能です。


また世界的な統一競技になったとしても、日本が運営面でもアドバンテージを握り続けるのは、柔道の現状を見ても不可能です。

 

文部科学省は自由に使えるお金が少なかったと言います。平成になってから始まったスポーツ振興くじは、日本体育協会JOCなどが発案し、スポーツ界出身の国会議員や森元総理などが積極的に動いて成立したといいます。しかし当選者への払い戻し率が50%と他の公営ギャンブルに比べても極端に低く、スポーツ団体に使われるのは10%程度だと聞きます。
だとすればスポーツ界出身の議員たちは、いったい何のために働いたのでしょうか(笑)

 

いや、それでもくじの収益は大きく、スポーツ助成に使われるお金は、それまでの数十倍になったそうです。
クジ関連業務やそこから派生する業務を、日本体育協会、その周辺の特殊法人に請け負わせ、実質的に業務をさらに民間に回していけば、天下り先をいくらでも作ることができます。

 

個人的な想像でしかないですが、武道カテゴリーはもともと文科省管轄。でも日本船舶振興会競艇は、国土交通省管轄。2005年に終わった日本船舶振興会から武道団体への助成を、スポーツ振興くじの収益金による助成へと変えることで、利権を確実に握ったと言えるかもしれません。タイミング的には、ほぼ一致しています。利権として確実にするには、対象が言うことを聞く、まとまった団体である必要があります。

 

スポーツ振興くじ収益金によるスポーツ団体への助成は、独立行政法人日本スポーツ振興センターからほぼ日本体育協会を通じて行われているようです。日本スポーツ振興センターは新国立競技場や代々木競技場とか秩父宮ラクビー場などを持っています。


新理事長は元ラグビー日本代表で、前Jリーグチェアマン。サッカー界からはまたラグビー人脈かよという声もあるようですが、普通に考えて森元総理の人脈。スポーツ振興くじが出来て以降、そして東京オリンピックが決まって以降、文部科学省と一緒になって森元総理の利権が急拡大し、人の面でもあちこち押えているということでしょう。

 

ちなみに現在の日本武道館会長は松永光元文部大臣。第106代の文部大臣ですが、その前第105代文部大臣は森喜朗元総理。なかなか笑えます。

日本のスポーツ界とその主要施設は、森元総理が牛耳っているのでしょう。

 

 

道徳教育として、我が武道を!?


ある武道議連の議員が、公の場で、この武道9団体のひとりのトップが「武道議連総会で小学校中学校教育の道徳として、我が武道をと発言されました。素晴しい」と発言されたので、聞いていた私は驚きました。中学校の体育ばかりか、小中学校の道徳だと!? 


文部科学省の意向ではなく、武道団体側からの陳情なだけだろうけど、本気で道徳として教えられると思ってるんだろうか。拡大政策としてなら道徳に入り込むのは、あざといほど上手いけど、頭おかしいんじゃないのかと。


道徳の教科格上げにともなって、ダンス・武道必修化と同様、学校側がどうやって時間を埋めるか困るのは目に見えていませんか。文部科学省が外部との連携を推奨するなら、パン屋ではなく和菓子屋に近い武道が入り込める可能性は高い。

しかし礼法ならともかく、それ以外は特定の思想しか教えられるわけがない。それが公教育として許されるのでしょうか。
日本の伝統である無駄のない礼法を教えるなら、小笠原礼法から招聘すればいい。武道によって礼法は異なるが、油断なく備えておく、が共通する。それは公教育でやることだとは思えません。

 

 

武道議連の議員たちは、今も武道をやっているのだろうか


武道議連に所属する議員の多くは、昔武道をやっていたという人が多いのではないかと思います。あくまで立ち振る舞いを見ていて、そうだろうなと個人的に想像しているだけですが。


プーチン大統領が柔道について語ったとしたら、それなりに説得力があります。でも森元総理が昔やっていたというだけで、ラクビーについて語っても、現役の選手たちは実際のところ鼻で笑うのではないでしょうか。
これって、職業の世界だってあるでしょう。昔はこういうことしてたよと教訓的に言う人は少なくないですが、ものすごい実績を残した人ならともかく、いったい何十年前の話だよと。環境もテクノロジーもまったく違うだろ、と私は思いますが、現役ではない偉い人から言われて困った経験は誰にでもあるんじゃないでしょうか。
経験のない方は、バブル時代の経費の使い方を持ち出されたらどうか、想像してみれば理解できるでしょう。


ところが武道の世界では、スポーツの世界よりはるかにやっかいなのです。スポーツの世界では、団体の上の方にいる人たちがたとえば水を飲まずに練習していた世代でも、今の時代に水分補給するなと言っていたら非難を浴びるでしょう。練習方法については、運動科学の知見がどんどん取り入れられています。


スポーツの頂点がオリンピックだとしたら、輝かしい成績を残した選手たちは現役引退後どうなっているでしょうか。試合で勝つ、その一点に向けて、骨が変形するとか生理が止まるとか、身体的な無理を承知で故障する寸前のところまでハードなトレーニングをするし、ウェアやシューズなども進化するのです。だから最新の科学的知見が優先されます。

 

しかし武道では、運動科学やスポーツ医科学でわかっていないことも多いのです。物理学で説明されることも少なくありませんが、科学的に解説されることと、それを習得して体現できることとはかなりの距離があります。これがイコールなら、周辺の科学者は皆達人になってしまいます。
そういうこともあって、精神論が幅をきかせたり、その武道を作った達人である先生がこうされていた/こうおっしゃっていた、作法はこうなっているなど、いわゆる「伝統」でまとめられることが強い縛りになります。

だから昔にそれなりにやっていただけの人でも伝統を持ち出すと、そしてそれが武道議連や有力な政治家ならなおさら、団体に対して影響力が出て来るのです。
しかし少なくとも明治以降の昭和までの多くの達人は、普通の生活をしていません。住み込みの弟子が、すべてやってくれたのです。それを平成の世で、基準にされてもなぁと私は思います。

 

武道でも同じですが、試合に勝つ一点に向けてトレーニングしていると、アドレナリンが過剰に出ます。アドレナリンを出し続けていると、血管がボロボロになるのです。

 

 

武道団体の「伝統」の中心は、達人偉人のストーリーなのだけれども


しかし達人のストーリーは、まちがいなく改編されています。流派発の情報は、いわば自伝ですから、脚色されます。マンガや映画になっているものは、エンターテイメントです。内部に対してはその方の解釈ですし、もしかすると都合のいい捏造だってあるかもしれません。ご高齢の場合、とんでもないボケをかましている場合もあります(笑)

私は織田信長徳川家康、戦国時代の武将たちのストーリーの話と、どれほどの差があるのだろうと思います。新学習指導要領でも聖徳太子の扱いについて、歴史学者による最新の知見よりも、ウソであったとしても歴史に興味を持つ物語。自分たちが習った知識を消されたくないという力が働いたようです。




たとえばある武道の流祖は、宮本武蔵に一度破れ、修行の末再度戦い勝利したとされています。しかし宮本武蔵に破れたときに、殺されないまでも再度挑むことが可能なほどのダメージで終わったのでしょうか。これが真実なら、一般に流布している宮本武蔵像が間違っているということにならないでしょうか。
私が実際に見た改編例では、以前は他の人ものとして本に書かれていた武勇伝が、版を重ねる中で、達人の武勇伝に組み込まれていたのです。もしかすると以前のものが間違っていた可能性もあります。

 

私はそんなこと、どれが真実でもいいと思っています。自分が達人ではないのだから、どなたの方法であっても、有効ならそれを稽古するし、昔々の物語は、教育に使われる歴史教科書でもそんなぐらいなんだから確実ではない。
問題は今、そしてこれからの自分。
だと私は思いますが自分自身がどうかを問わずに、達人や大会の優勝者など、伝説ばかりを持ち出す人が武道をやる人に多いのも事実です。


1.2年前のことならともかく、何十年も前に数年間やっていただけなら、現在は素人同然なのです。そんなことはスポーツなら常識でしょう。でも武道の世界ではスポーツよりはるかに、先輩・先達を敬う、立てる、序列として扱うケースが多いのです。
礼儀としてならともかくですが、対政治家に対してはどうでしょうか。

かつて猪瀬元都知事が「若いときは武道をやった方がいい」と発言されましたが、私には空手をやっていた方だという片鱗も見つけることはできません。
10年以上前ですが、当時自民党幹部だった亀井静香議員が、日本武道館で行われた合気会の大会で「稽古してないのに六段をもらっちゃいました」と笑ってスピーチしたことで顰蹙をかったそうです。亀井静香氏は東京大学時代、合気道部主将だったそうですが、やはり合気道をやっていた人の片鱗を私は見つけることはできません。ちなみに東大合気道部は、合気会ではありません。

おふたりとも武道議連ではないはずですが、政治家はそんなものだし、政治家とのつながりは、そんなところでしょう。


猪瀬元都知事の発言は、なぜやった方がいいのかの説明もありませんでした。やっている人、続けている人には様々な理由がありますが、やったことのない人には、武道という言葉に特別な響きがあるのでしょうか。


「武士道の伝統に由来する日本で体系化された武技の修錬による心技一如の運動文化で、心技体を一体として鍛え、人格を磨き、道徳心を高め、礼節を尊重する態度を養う」と言われると、そういうものだ思ってしまうのでしょうか。
武士道の伝統ってなんでしょう。確かに身近にも武士道に反するとか怒っておっしゃる重鎮はいますが、その方自身がご自分のおっしゃる「反する」ことを頻繁にやられています。礼節を尊重するのはその通りだと思いますが、人格は武道で磨けないと思います。少なくとも私は出会ったことがありません。私の伯父さんも私も、まったく人格者ではありません(笑)

 

「心技体を一体として鍛え」とはその通りだと思いますが、心技体と言う場合の心とは不動心とか平常心みたいなこと。分かりやすく言うなら、緊急の場面でも、キョどらないビビらない。緊張しない、心拍数を過剰に上げないみたいなことだと思います。人格とほぼ関係ないです。
平常心じゃないとフェイントに引っかかったり、体が出来ていないと技は出ないし出来ない。そんなのは格闘技だって、スポーツだって同じこと。心技体を一体として鍛えているでしょう。

 

だから政治で武士道とか武道と言う場合は、やっていない人にはわからない。都合のいいイメージだけを使っているのです。それも、(たぶん)昔やっていただけの人たちが言う、都合のいい精神論なのです。

 


武技としての銃剣道

 

銃剣道YouTube動画を見たとき、不思議でした。突きだけ? しかも腕を遠くに伸ばして突くこともないし、銃床で払ったり叩いたりもしていない。銃剣道とは銃の先に短剣を付け、銃弾がなくなったときに突撃するものだと思っていました。そうじゃなくても、先端が剣になっているものを使うなら、リーチを稼ぐことが攻撃には不可欠。回して使って単調な攻撃線にならないことや、重い銃床を使うことで軽い剣先を払うことが必須ではないでしょうか。

下の動画には、アメリカ海兵隊銃剣術が一瞬だけ出てきますが、回して銃床を使っています。そうじゃなければ攻撃線が単調だし遅いし、この形状の道具を武器として使う意味がないのです。むしろ邪魔。

(余談ですが、GHQに日本武道の精神性を訴え、殺傷術ではないことを対戦して証明しろとなったとき、剣道・剣術界からは異端扱いだった鹿島神流第十八代宗家 國井善弥に助けを依頼したのです。幾多の他流試合では相手が望む条件で試合を受け、生涯不敗で「今武蔵」と呼ばれていたといわれます。当時の鹿島神流は剣術が中心ですが、総合武術でした)

 

 

沖縄の土着の武術では、農機具を武器として使ったといいます。そういう中からヌンチャクやトンファーが生まれたといいます。薩摩藩琉球支配により、帯刀など武器の携帯を禁止されたことにより、日常に使用する道具の武器化に拍車がかかったとされています。
とにかくすでにあるものの形状を活かし、武器に仕立てていったのです。銃剣道が銃剣の形状を活かしていないのは、どうも腑に落ちません。
そこらへん、どうなっているのか検索しました。ウィキペディアには、技法面の特徴としてこうあります。

旧日本軍で用いられた日本式銃剣術は、槍術を参考に誕生したこともあり、小銃(歩兵銃)の長さを生かした突き技がもっとも重要視されて徹底的に訓練され、銃床での打撃技などはあまり重視されなかった。これは欧米人との体格差を考慮したものと思われる。

 

戦後、幾度かの教則改正(いわゆるルール改正)を経て、現在では特に左手で握ることができる位置が限定され、接近した場合での木銃(もくじゅう)を短くするように持つことや、左手を滑らせることにより遠くの相手へ剣先を届かせる「繰り突き」(槍をしごく動作)、または銃床部にあたる「床尾板」(しょうびばん)での打撃は禁止されている。

 


この通りなら、私が思っていたようなことは、どれも禁止されていたのですね。
その理由については、こういうことのようです。

戦技的イメージを持たれることがあるが、全日本銃剣道連盟は「戦前の戦技的内容を払拭した競技武道」としており、一般に受け入れられやすいようにスポーツ色を強めようとしている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%83%E5%89%A3%E9%81%93

 


しかし「宝蔵院流佐分利流などの日本の伝統的な槍術をもとにした日本独自の銃剣術が制定された」ともありますが、現在の銃剣道に私は槍術の影響を見つけることができません。やっぱり、文部科学省の言うような伝統はどこにも残っていないのです。

 

それにしても、競技であっても実戦に使えない技術なら、どうして自衛隊では銃剣道を訓練するのかという疑問が出てきます。それについては、まず現代の戦争で、仮に自衛隊がアメリカ海兵隊のようにどこかに上陸・進撃したとしても、銃剣の剣を使う場面なんて、どこにもないだろうという大前提があります。
使えないから、訓練しないかというと、そうでもないと私は推測します。

 

警察官は柔道、剣道が必修だと思いますが、柔道は犯人に組み付いて使うことはまだあるでしょう。でも剣道はどこかで、竹刀でも木刀でも持ち出して使う場面があるでしょうか。ないですよね。
たぶん剣道では、闘争心とか、相手が銃ではない武器になるものを持っていて組み付けない場合の素早い出入りとか避けたりする反射神経を養っているのではないでしょうか。逮捕術とか警棒術とかもあると思いますが、激しくハードに攻防する、しかも安全に出来るのは訓練するには剣道だという理由だと思います。居合いや剣術で真剣を使ったとしても、実際の攻防はまったく別もの。技や術理以前の、強健な肉体や度胸がつかなければ、向ってくる暴漢や必死になって逃れようとする犯人に立ち向かえません。

 

東京の警察・警視庁のSPには、合気道養神館に送り込まれて修行した人もいます。現実の要人警護の場面で会話したこともありますが、物腰が柔らかで、背はかなり高いものの、アメリカのようなごついゴリラタイプではまったくありません。
この人たちだって、銃を持って暴漢が襲って来たら銃を使うでしょう。それ以外のときに合気道をメインに使えば、外国要人の前でも怯えさせる可能性は低いでしょうし、テレビカメラを持った報道陣がいても過剰防衛だとか残酷だとは思われにくいはず。どう考えても瞬時に制圧するなら、円転する合気道より他の格技の方が速いのです。そう私は考えています。
要人や報道にも関係のない場面なら、警察官は暴漢に対して間違いなく警棒をガンガン使うのです。


そういう文脈からすると、銃剣道自衛隊が訓練するのは、突っ込んで刺突することの度胸を養うことぐらいしか想像できません。強健な肉体をつくることなら、他の格闘術がいくらでもあります。
外に対しての銃剣道は、「戦前の戦技的内容を払拭した競技で、スポーツ色を強めようとしている」そのものですね。

 

 

剣道は、どうして小・中学生に突きを禁止しているのか

 

剣道の中で、突きは危険度の高い技とされています。ある程度、肉体が強靭になる高校生以上にしか許可されていません。防具の間をぬって、のどに直接入る危険性もあるし、カウンターで当たれば後ろに吹っ飛んで頭を打つ危険性だってあります。

実は肉体が強靭とかどうかどころか、中学生ぐらいまでの男子は、胸に筋肉も脂肪もほとんどない人がいっぱいいるのです。胸に衝撃を受けただけで、心停止してしまうケースもあります。野球のボールを胸に受け、心臓が止まってしまうことさえあります。

学校の体育や部活動での、心停止の事故は公式に発表されています。そこに銃剣道を保健体育として、持ち込むのでしょうか。銃剣道には、突きしかないのです。

 

 

武道必修化で、学校は柔道指導者をどう調達したか

 

うちの方では、中学生の子どもを持つ親から「柔道着を買わされたけれども、1度授業があっただけで、あとは何もない」との怒りの声が渦巻いています。学校は、文部科学省の方針に従おうにも、指導者がいないし、事故が怖いということでしょう。柔道は学校内での死亡事故最多です。原因は、頭を打ってが大半です。

2012年、学校の対応がニュースになりました。
愛知県では県教育委員会が県柔道連盟に委託し、体育教師に6日間の講習で黒帯を取得させ、昇段試験を免除した。
大分県では2日間の講習で、黒帯を取得させたという。どちらの教育委員会も学校での指導に、有段者であることと安全性の問題は関係ないとしていて、講道館にも確認すると例外扱いも「問題なし」とのことのようです。
ケツを講道館に持って行って、自分たちの責任を回避する教育委員会。そもそも教育委員会に柔道の何かが、わかるんでしょう。そりゃあ学校現場はビビって、授業できなくなるわ。

柔道の初段は、要するに試合して同級程度3人に勝てばいい。だから体育教師ならそれなりに運動能力が高いだろうから、ちょっと技を覚えれば勝てる可能性は高い。いやでも、問題はそんなことか。

まず柔道が、初段で指導出来るということにも驚き。そして、自分の強さと指導できるかどうかは、ほとんど別問題。柔道の町道場なら、入門する子どもはそれなりに体力や運動神経に自信があるだろう。
でも学校では、千差万別。これを指導しようとしたら、ひとりの指導者が見られるのは6人程度かもしれない。そうなら1クラスの授業に30人としても、指導者は5人必要だと私は思う。乱取りなら、ひとりの指導者が二組見られるだろうか。そんな予算があるわけない。


じゃあ剣道で禁止されている突きしかない銃剣道の授業をするなら、どうだろう。自衛隊から10人ぐらいの指導者を派遣してもらうしかないかも。あるいは突き合う稽古をせず、号令で単独でヤーと突く稽古だけをさせるとか。
どれだけ安全管理の方法を机上で学んだとしても、コンタクトする競技で、様々な身体能力の子どもたちが練習する様子を見守ることのできる人数はスポーツほど多くないのです。


こう考えても、文部科学省にどんな目論みがあるんだろう。実際に授業できるのか、かなり疑問だけどという結論にしかならないです。

 


もしかしたら中学校に持ち込みたいのは、攻撃性だけ?

 

大人だって週1回1時間程度運動するだけじゃ、フィットネス効果はほぼない。やらないよりは、マシってだけだ。
指導者を確保するのは至難の業だし、それでも無理して中学校に武道を持ち込む理由はなんだろう。中学生は筋肉だって、それほど付かない。まだまだ発育途中なんだから。
いや、そんなこと文部科学省は重々承知でしょう。そうすると自分たちの利権拡大以外には、教育の場で、好戦的な雰囲気と縦の関係性を一般の学生にも植え付けることが目的?

来るべき戦争に備えて、少しでも自衛隊員を増やせるベースを作りたいってことか。そういう政治の流れに文部科学省が貢献できるのは、教育現場を組み替えることだ。とかね。

 

でも柔道と同じく、中学校ではそれほどやれないだろうと私は予想します。この先、外部に指導者を求めることを文部科学省がゴリ押ししなければ、ですが。

 

で、これはゴリ押し?

2023年の国体から、銃剣道が隔年実施から毎年に格上げされ、ボクシングが隔年に降格させることを日本体育協会が決めたそうです。ジュニア世代の充実や競技団体のガバナンスなど6項目を点数化しての決定ということですが、銃剣道のジュニア世代がどれだけいるのでしょう。

中学校で今から始めることが確実だから、かもしれません。だとすれば自衛官が中学校に指導に入るわけですね。

 

 すべての教育は洗脳である

つるんと、日本からヒゲが消えていく?

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私、ちょっと前に、ヒゲのレーザー脱毛をしました(笑) 

いやいや、あのその私はそんなことしたくない。あ、それで今もヒゲはしっかりあるし、ヒゲ剃りはめんどくさいけど、なくしたいなんていう気持ちはまったくない。

 

それなのになんでレーザー脱毛をしたかというと、知り合いの皮膚科医から練習台になってくれと頼まれて。そこの皮膚科では前からレーザー脱毛をやってるけれども、このところ男性のヒゲの脱毛が増えてきて、ヒゲをやれる看護師さん?を増やさなきゃいけない。
脇とか脚とか腕とかに比べて、男性のヒゲは難しいんだそうだ。しかも他の部位に比べて痛いそうで、練習させてくれと頼める人が少ないと。


え、痛いんかい!? んー、それはヤだ。痛いの、キライ(笑)

 

だったらさ、実際に脱毛に来た患者に、タダにしますから、ヘタかもしれませんけどやらせてくださいと頼めばどう? と聞いてみたら、それはいろいろな理由でできないんだそうだ。関係の貸し借りの中で、まあしょうがないかと、やるのはアゴ下だけという条件で引き受けることにした。

この先生とは石原都知事の時代に、「石原さんのあの顔、あれはフォトフェイシャル頻繁にやってるはず。この政治家はリフティング 」とか教えてくれたりするような関係だ。純粋な医者の立場からは、普通断言できない世間話。

 

男性のヒゲ脱毛は、美容目的も多いけれども、ヒゲ剃りで出血するからヒゲをなくしたいという人もいるんだそうだ。

 


なるほど、ヒゲの脱毛は大変だわ

まず先生の肌の状態の診察から始まる。傷とかデキモノがないか、だろうか。
そして診察室から出て、専用の部屋に入り、ベットに寝る。看護師さんなのか専門のオペレーターなのか知らないけど、ヒゲ未経験の施術する人と経験者らしき人のふたり。
ベットが上げられ、ジェルみたいなのが塗られる。当てられる機器の先端は小さい。そこからレーザーが出るなら当たり前だけど、想像よりは大きい。出ているところはもちろん見えないし、始まる前に見上げただけだから、いまいち大きさがよくわからない。それでもこれで毛根の一本一本に当てていくんだそうだ。そりゃ、施術者はしんどい。

 

やりはじめると、バチッという音とともに、みょーな臭いがしてくる。焦げ臭いというのとは、ちょっと違うような。痛みは、痛いんだけれども、想像してたより痛くない。ただ経験者らしき指導している人からは、「痛みに強いですね」と言われた。レーザーを打つたびに、ピク ピクッとカラダが反応する人が多いそう。

そうです。私、痛みには強い方です。


やっていると、ヒゲが難しいというのはわかる。私はアゴ下しかやってないけど、中でもアゴ下が一番難しいはず。だって複雑にカーブしてて、そこにまっすぐ当てなきゃいけないそうだ。


ヘッドが動くシェーバーでも、アゴ下を剃り残さないようにするには、本体をいろんな角度にしなきゃいけない。あれより角度調整が難しくて、細かい操作が必要なわけだから。しかも他の部位とちがって、皮膚が張ってない。

 


おいおい、この太いヒゲはなんだよ!

実際にレーザー打たれてたのは、1時間ぐらいか。途中も打ち終わったところは冷やされてたけど、ぜんぶ終わってからも、冷やされてた。

そこに先生が入って来て、チェックして、ああー大丈夫ですねと言う。そしてさらに「じゃあ、あと5回やりますか」と続けた。え? 5回? 何それ?
「最低5回はやらないと、完全に脱毛できないですよ」とこともなげにおっしゃる。いやいやいやいや、私、無くしたいわけじゃないから。(なに言ってんの、おっさん。聞いてないし。サービスのつもりかよ。逆だ逆)と声を出さずに(笑)

 

やるたびに細くはなっていくけれども、毛根やその周辺組織が完全にはなくならない。なくすためには個人差があり、最低でも5回施術が必要だと。カンタンに言えばヤケドだから、医者としては1ヶ月ぐらい開けて繰り返すのを勧めるそうだ。
あー、ね。ぜんぜんぜんぜん、私はそんなつもりないですから(笑)

 

施術の話が終わって世間話してたら、鏡を見せられた。見てビックリ。ところどころ、太いヒゲが出てるじゃん!? 
聞くとそれは、要するに根元の方が出てくるところがあるということらしい。へー、そうなんですねぇ〜(なに言ってんだよ、こら。そんなこと、聞いてないし) 
「マスクされますか? マスクして帰る人も多いですけど、アゴの下だから目立たないでしょ」と言う。ま、まぁ、目立つというほどでもないか。
正確にいうと、太いヒゲが出ているわけじゃない。にきびのようにちょっと盛り上がり、黒い部分が大きいという感じだ。触ると、確かにぶつぶつしてる。

しかも、そういう状態は1ヶ月ぐらい続いた(笑)

 


日本の若者と有名人からヒゲが消えていく

だけどさ、そんな風に黒くなるところがあるなら、一般人はともかく、芸能人とかだと顔のレーザー脱毛できないじゃん。
そのことを聞くと、芸能人はフォトフェイシャルなどを頻繁にやってるから、つるんとしてるんだそうだ。脱毛としてフォトフェイシャルをやるなら、レーザー脱毛よりはるかに回数が必要で、高額な費用になるそう。それでも繰り返していれば、毛穴がなくなっていくそうだ。毛穴がないって、Photoshopのおかげだよと思ってたけど、本当になくなっちゃうわけね。

 

だけど、ヒゲ生やしてる芸能人だっているよね。鼻の下とアゴだけとか。
そういう人は、フォトフェイシャルみたいなのとレーザー脱毛とを併用してるんじゃないかということだった。生やしてるところ以外は、つるんとしてると。
普通の人だって、アゴ下とか頬だけ完全になくしたいとか、ヒゲを細くしたいという人は多いですよ。やりますか?とおっしゃる。いやいやいや、やらないです。そんなことするおっさんいないでしょと言うと、これがそこそこいるんだそうだ。なんて、涙ぐましい努力(笑)


そんなことを聞いて以来、私はWBCのニュースを見ていても、あれ? この選手ヒゲ生やしてるけどつるんとしてるっぽい。やってるんじゃないと気になってしょうがない(笑)

 

 

 若者は、こんなのも使ってるらしい。つるんとね(笑)

 

むさいおっさんは、ダメっすか

今日のBGM443【 KEMURI - PMA (Positive Mental Attitude)】

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