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不透明なチカラですが、なにか?

テーマはいろいろ。というか絞れません。2013年7月以前は他のブログサービスからインポートしたので、リンクや画像等がなくなってるかもしれません。

『生物多様性』は、「地球の裏にいる未知の虫が絶滅して、何か問題でも?」と問う

[読んだ本から]

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書店で面白そうだと思って手に取って、パラパラとめくりながら読んでいると、この先生『ゾウの時間 ネズミの時間』を書いた人か。そりゃあ面白いはずだ。

この本に何が書いてあるのか。帯の文章にはこうある。

「地球の裏にいる未知の虫が絶滅して、何か問題でも?」
地球上には、わかっているだけで一九〇万種、実際は数千万種もの生物がいる。その大半は人間と直接の関わりを持たない。しかし私たちは多様なこの生物を守らなければならない。それはなぜなのか―。熾烈な「軍拡競争」が繰り広げられる熱帯雨林や、栄養のない海に繁栄するサンゴ礁。地球まるごとの生態系システムを平易に解説しながら、リンネ、ダーウィンメンデルの足跡も辿り直す、異色の生命讃歌。

 


生物多様性についての本を読んだのは、これが初めてなので異色なのかどうか。そこのところは、なんとも分からない。でも、漠然と「生物多様性は大切だ」と思いながらも、「地球の裏にいる未知の虫が絶滅して、何か問題でも?」という感覚だって多くの人にあるだろう。なぜ、守らなきゃいけないんだ。どこまでを守らなきゃいけないだ。熾烈な軍拡競争してるなら、人間の文明だけが多様性を滅ぼそうとしているわけではないし、そもそも自然とは過酷な適者生存なんじゃないという疑問がある。

人間は過剰な医療で、植物人間になっても生かそうとするくせに。と思う一方で、外来種が輸入され、そのせいで日本の在来種が減っているなんて聞くとグロテスクだなあと感じてしまう。

Amazon.co.jp: 生物多様性 - 「私」から考える進化・遺伝・生態系 (中公新書): 本川 達雄: 本

 

「守るべき」とは価値の問題

前書きに、こんなことが書いてあります。

「守るべき」とは守る価値があるということ。これは価値の問題であり、科学は価値には口をつぐむものなのです。科学は事実を述べるのみ、価値は取り扱いません。
でも、一般社会に向けて生物多様性を守りましょうと言う時には、生物多様性が失われて行く現実を伝えるだけではなく、もう一歩踏み込んで、生物多様性には守る価値がある。守るべきなんだよとまで言わなければ、説得力ある話にはならないでしょう。

そして「価値を扱うのは倫理学です」と続く。

 

あ、いやいや、おっしゃることはもっともなんだけど、そこには「科学に価値が、どれほどあるのか」「科学の扱う事実は、どれほどの事実なのか」という視点が抜け落ちている。
学問としての個別ジャンルの有用性は別にして、条件設定があっての科学は「想定内」のものでしかなく、「想定外」に無力だし、誰も責任を取らないぐらいの専門的価値しかない。そう3.11で一般人ばかりではなく、科学者だって痛烈に再認識したはずなんじゃないの。と私は思うんですけど。
木材需要に対応しましょうと、スギを植林した。花粉症患者が増え、深刻化。国内のスギは輸入木材に価格競争力で勝てず、衰退。医療費の増加、労働生産性の低下。東京都は花粉撲滅宣言、花粉の少ないスギへの植え替えに補助金。医療は花粉症の治療方法を確立しましょう。これは経済学の問題か、医学の問題か、行政学の問題かと分けて考えるなんて、ただのバカ。そんな学の扱う事実には、なんの価値もない。
あらゆる課題は、既存のなわばりとか個別ジャンルじゃなくて、俯瞰的に考えなきゃ価値がないでしょう。食物連鎖と同じだし、生態系だし。そういう姿勢じゃなきゃ、生物多様性を語る意味もないじゃんとツッコんでいたら、この先生は、もっと斜め上からくる視点をお持ちだった。
すげぇと、ちょっと興奮。

 

まず、私とは何かを考える

本書の構成は、
生物多様性について知っておかねばならないこと
なぜ多様性を守らなきゃいけないかの議論
進化や遺伝に関する生物学の基礎知識
という大きく三部から。
新書なのに、その内容たるや、私にとってはたっぷり過ぎるほど、たっぷり。「サンゴ礁の海は人生観を変える」「不毛の海に豊穣のサンゴ礁」なんてところは、学べることばかりか、表現力まで素晴らしいです。

 

え、そんなことより興奮したのは、どこかって?

 

これも前書きで書いてあることですけど、2010年に開催されたCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)前後に、生物多様性の大切さについて講演してくれという依頼が何度かあったそうです。本書はその講演原稿が、ベースになっているそうです。
生物多様性は守るべきものだと思っているものの、専門ではないので関係書を山ほど読んだ。ところが「なぜ生物多様性を守るべきかが腑に落ちるように書いてある本に出会えなかった」という。そこでいろいろ考えたのが、最初に書いた「価値を扱うのは倫理学です」というところ。

現代は専門家(専門化)の時代です。生物学者は生物多様性に関する事実のみをきちんと研究する。それをもとにその価値を論ずるのは環境倫理学者の仕事。おのれの分をきちんとわきまえるのが研究者の正しい姿勢です。餅は餅屋。
異なる専門家がいろいろいるのが多様性だということなのでしょうが、どうもこういう多様性の議論は間違っていると思うのですね。多様性の議論の中で抜け落ちている視点は、自分の中の多様性です。

とお書きになっています。


本書は、私とは何かと、私の中の多様性生物多様性をオーバーラップした視点が貫かれています。「私」と私以外の境目はどこ? 皮膚? あれ、じゃあ口や鼻の粘膜は? と考えて行くと、すべてはつながっているじゃないかと。
それって宗教? 哲学? いやいや事実としての科学でしょう。いままで科学に、そんな大きな視点がなかっただけなのかも。
素粒子物理学だって、色即是空空即是色という紀元前の人間の想像力にやっと追いついたと言えるかもしれないし。

ただこの先生は、生物多様性の問題が解決されるその過程に、絶望されているよう。気になるけど、そうかもなぁ。


そこも含めて、とても納得できた。

 

今日のBGM-381【The Chemical Brothers - Go】

ケミカルブラザーズの新譜から。楽しみ。

Born in the Echoes

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