不透明なチカラですが、なにか?

テーマはいろいろ。というか絞れません。2013年7月以前は他のブログサービスからインポートしたので、リンクや画像等がなくなってるかもしれません。

南方熊楠シンポジウム

今日、お犬様の散歩に行って、軽く食べて、稽古に行かなきゃと思ってあわただしい時に、Eテレで「南方熊楠のエコロジー100年」というのをやっているのを発見。散歩に行かなきゃ散歩と思いながら、面白くて見入っちゃって。「南方熊楠シンポジウム」というのを、そのまま放送してるみたいだった。

南方熊楠のことを知りたかったら、Wikiを見てください。私も詳しくない(笑)


南方熊楠は明治末期の帝国議会国家神道を推進するための「神社合祀」に反対。神社合祀というのは、ひとつの神社に複数の神様を奉って、複数の神社を統合して、大規模化。威厳を持たせて、自治の中心に据えたりして国がやっているものだと示すということだと思ってた。当時20万社あった神社のうち、7万社が取り壊されたという。国家神道自体、日本の土着の信仰みたいなことから発展した神道とはまったく違って、突如出てきたでっち上げだと思ってたんだけど、どうもそれだけじゃないらしい。廃止させた神社の周囲の森林を伐採していたみたい。伐採して、売ってたってことだろうか? そのへん、わからないけど。

番組によると、神社合祀に反対してた熊楠は、熊野古道周辺ということだろうか。木を調べて、番組では森のアセスメントをして、細かくどんな種類の樹木が生息しているかを細かく書き出したと言っていたと思う。これらは生態系を作っていて、一度伐採してしまうと取り返しがつかないと訴えた。その資料を柳田邦男に送り、手紙の中で日本で初めて「エコロギー」という言葉を使った。世界では生態系という考え方をする「エコロギー」なる学問も生まれているのに、みたいな書き方だったと思う。柳田邦男が各界に働きかけて、「神社合祀」は沈静化。熊野の森は守られた、というような話だったと思う。細かいとこ、名称とかあんまり自信がないけど。

南方熊楠や柳田邦男のスゴさはもちろんとして、この森林を伐採していたというのが興味深いなぁと。当時の政治家は、地域に根付いた信仰を破壊したり、鎮守の森を伐採してしまって問題なしと思ってたんだ。よく私がおちょくるって言うことがあるんだけど、自民党では「保守とは鎮守の森を守ること」と言ってた。でもそれは、たかだか戦後数十年の価値観を伝統と言って、たとえとして鎮守の森という言葉を使ってる。数十年のことが伝統だなんて、プロ野球巨人対阪神戦の「伝統の一戦」と言うのと同じじゃん。しかも数十年のことすら守ってないし、いまや、皮肉なことに最低でも数十年以上のスパンで考えているのは、原発事故処理だけだ。熊野みたいに原生林のあるところは、千年単位の歴史を持っている。明治時代から政治家って、近視眼的だっただなんて。革新もだけど、保守って安っぽい。政治が全部ウソっぽい。


和歌山県知事も出てて、確か熊野神社だったと思うけど、宮司から聞いた話として、「老若男女を問わず、貴せんを問わず、浄不浄を問わず、信不信を問わず」受け入れると話されてた。信不信ってなんのことかと思っていたら、お参りした時にキリスト教徒なら十字をきってもらえばいいと。信仰してなくても、他の宗教を信じててもいいだなんて、驚いた。荒俣宏とか、パネリストの人たちも驚いてた。

なんかもう眠くってまとまらないけど(笑) いろいろと興味深くて、いい番組でした。


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