『宇宙飛行士が教える地球の歩き方』は、恐怖を押しのける術(すべ)まで教えてくれる
私が『宇宙飛行士が教える地球の歩き方』の著者クリス・ハドフィールドを初めて知ったのは、国際宇宙ステーションで撮影された世界初のMV『Space Oddity』。Youtubeで公開された動画は、現在なんと2570万回以上再生されてる。宇宙を、宇宙ステーション内を背景に歌う『Space Oddity』は、それぐらいインパクトがあり、感動的だ。
本のことより、まずこのMVを見てください。
私はデヴィッド・ボウイのファンだけど、名曲『Space Oddity』はそれほど好きじゃない。リアルタイムじゃなく、ファンになってから知った初期の曲というのもあるけど、他に好きな曲がありすぎて〝それほど好きじゃない〟ということだけど。
だけどクリス・ハドフィールドの『Space Oddity』MVは、デヴィッド・ボウイを超えたかもしれない。もちろん歌そのものはボウイに敵うはずないけど、この映像は素晴らしい。
幻想的というよりも、リアルな宇宙ステーション、リアルな宇宙が広がってて、深いなんてもんじゃない。あ、クリスさんの透明感のある声もいいですね。とても合ってる。
小さな頃からの夢を実現した成功の物語か?
プロローグのタイトルは「不可能への挑戦」。9歳の時、隣家のテレビで見た人類初の月面到達、アポロ11号のアームストロング船長が月面に降り立つ映像を見て宇宙飛行士になると決めたクリス。でもカナダ人は宇宙飛行士になれない。NASAはアメリカ国民の応募しか受け付けないし、カナダには宇宙機関さえなかった。
それでも夢をあきらめず、当時NASAの宇宙飛行士は元軍人ばかりなのを知り、軍事大学に進学‥ 数々の困難を退けついに夢を実現。みたいなサクセスストーリー。それも実業家みたいなありふれた職業じゃなく、他にはない宇宙飛行士のサクセスストーリーだ。と読むこともできるけど、そんな風にだけ読むのはなんかつまらない。今まで伝わってこなかった宇宙飛行士のやっていること、ロケットや宇宙ステーションや宇宙遊泳など、ディテールの面白さを楽しめよと思う。SFじゃないリアルな宇宙、Space Oddityを、と思う。歌詞では「the papers want to know whose shirts you wear」だけど、シャツはともかく、宇宙ステーションの中での生活はディテールが面白いし、深い。
原題は「An Astronaut's Guide to Life on Earth」だから、邦題が地球の歩き方になったのもうなづける。そもそも成功ガイドでは、ないんだ。これを自己啓発本だと思う人には、どう自分に取り入れるんだよ。やってみろよ、と言いたくなる。宇宙飛行士の話なんだから、桁外れだし、真似しようもないんだけど、実は私もかなり刺激された(笑)
刺激されまくりなんだけど、二点だけ書いてみる。
どうやって、恐怖を乗り越えるんですか?
そう訊かれることが、よくあるそうだ。宇宙開発では事故が多いし、そんなことも書いてあるけど、とりあえずクリスさんは高所恐怖症なんだそうだ。読んでて驚いたけど、高所恐怖症をどう克服したか。
いや、克服したんじゃないな。まとめが書いてあるわけじゃないけど、私なりにポイントを抜粋しながら書いてみると、こんなこと。
「農場で育った僕たち兄弟姉妹は、(中略)梁の上にのぼってトウモロコシの山へと飛びおりたものだった」「自信がついてくると、どんどん高い梁から飛び降りはじめ、ビルの二階や三階の高さからジャンプするようになった」
「10代のころ、父はよく複葉機に乗せてくれた」「父はキャノピーを取り外し、コックピットを剥き出しにして飛んだ」「体じゅうの筋肉がこわばり、ぶるぶると震えた」
「複葉機を操縦するのであれ、宇宙遊泳するのであれ、トウモロコシの山に飛び降りるのであれ、知識と経験によって、僕は高さにだいぶ慣れることができた。どの場合も、目の前の課題、物理学、力学を完璧に理解し、実際の経験から、自分が無力じゃないと理解ってる。ある程度、コントロールが利くのだと」
「心の準備とは、成功を確信することとは違う」「どこに失敗の危険があるかを理解して、その対策を練ることなんだ」
「宇宙プログラムのトレーナーじゃ、最悪のシナリオを考え出し、僕たちに実演させる」「エンジンのトラブル、コンピューターの故障、爆発が起こった場合の対処方法を練習する」「問題を調査・分析し、その構成要素や影響をひとつ残らず分解して調べて行くのは、本当にタメになる」
「そういう訓練を何年も、連日のように繰り返していくうちに、恐怖から身を守る最強の鎧を築ける」
さらには「死のシミュレーション」まで行っているんだそうだ。
事故のないよう完璧に成し遂げるには、そこまでするのね。ここまですれば、宇宙じゃなくても何にでも対応できるだろうな。でも死と隣り合わせで克服できるんだから、やっぱり宇宙飛行士はスーパーマンだ。
NASAは、帰還した宇宙飛行士を英雄扱いしない
最後の章は「はしごを下りたその先に」というタイトル。
「難しいのは、他人を振り向かせるような偉大で輝かしい瞬間に惑わされないことだ」「ジョンソン宇宙センターの宇宙飛行士室に帰還を報告しても、英雄扱いみたいな歓迎はこれっぽっちない。〝よくやった〟の一言だけ」「ソユーズを降りた宇宙飛行士は、組織の平凡な一員として、サポートチームへと再吸収されるんだ」「NASAでは、今日の主役が明日の裏方となり、縁の下の力持ちに回ることは当たり前だ」
「五ヶ月間の宇宙滞在で、僕の体は無重力に慣れきってしまっただけじゃなく、まったく新しい習慣も身に付けていた。両足は体重を支えているのを忘れてしまい、何歩か歩いただけで、ずっと熱い炭を歩いていたような感じがした」「帰還後の数日間は、卒倒してタイルの床に頭を打ちつけ、ぱっくりと割ってしまう、なんて危険がものすごく高いからね(僕の知る宇宙飛行士は、おしっこをしに立ち上がったときに失神してしまった)」
「『スペース・オディティ』の動画は音楽の門を開き、僕は大規模なイベントで大勢の聴衆の前で歌を披露した」「でも僕にはわかっていた。ーー それが一時のフィーバーにすぎないってことを」
NASAの仕打ちを組織論として読むこともできるけど、本人の明日を考えると必要な対応なんじゃないだろうか。このドライさが、きっと日本では難しい。いや、そんなことより、本人の意識がスゴイ。以前何かで「宇宙に行った飛行士は、帰還後、宗教に目覚めることが多い」という話を読んだことがある。その理由は、宇宙で〝神〟を見てしまうからだと。
著者だって、もしかしたら〝神〟を見たかもしれないけど、それを押しのける術(すべ)を持っているような気がするな。
今日のBGM-384【Space Oddity - David Bowie】
収録されているのは、このアルバム
David Bowie Space Oddity -Amazon